
「親父の時代とは違う。このままじゃうちの会社は生き残れない」。創業50年の老舗建設会社を継いだ32歳の田中社長は、毎日そんな危機感を抱いていました。職人の高齢化、若手の離職、競合他社との価格競争激化。伝統的な経営手法では限界を感じる一方で、急激な変革に対するベテラン社員の反発も心配でした。
そんな時、同世代の経営者仲間から「DXアプリで会社が変わった」という話を聞きました。しかし、「IT系は苦手」「現場が混乱するのでは」という不安もありました。実際に、建設業界のDXアプリ導入率は全業界平均の34%を大きく下回る18%にとどまっており、多くの若手後継者が同様の悩みを抱えています。
しかし、適切なアプローチでDXアプリを導入した建設会社では、驚くべき成果を上げています。ある地方の工務店では、現場管理アプリの導入により工期短縮20%、利益率15%向上を実現しました。一方で、準備不足で導入に失敗し、従業員の信頼を失った事例もあります。家業の伝統を守りながら改革を進めるには、どのような戦略が有効なのでしょうか。
若手後継者が直面する現実と変革の必要性

建設業を継承した30代の経営者は、前世代とは大きく異なる経営環境に直面しています。デジタルネイティブ世代でありながら、アナログな業界の慣習との板挟みになることも少なくありません。
継承企業が抱える構造的課題
多くの建設会社では、創業者やベテラン社員の経験と勘に依存した経営が続いています。現場管理は紙ベースの日報と電話連絡が中心で、プロジェクトの進捗把握や収益性の分析が困難な状況です。
特に深刻なのは、熟練職人の技術継承問題です。ベテラン職人の退職により、現場のノウハウが散逸するリスクが高まっています。また、若手作業員の定着率も低く、慢性的な人手不足に悩まされています。
顧客ニーズの変化も大きな課題です。個人住宅の施主からは、工事の進捗をリアルタイムで確認したいという要望が増えており、従来の報告方法では満足度を得られません。
世代間ギャップの克服
若手後継者にとって最も困難なのは、世代間のギャップです。「昔からこのやり方でやってきた」というベテラン社員と、「効率化が必要」と考える若手社員の間で板挟みになることがあります。
しかし、このギャップを克服した企業では、世代を超えた協力体制を構築し、大きな成果を上げています。重要なのは、変革の必要性を理論ではなく、具体的なメリットで示すことです。
家業の継承において、伝統を守ることと革新を進めることは対立するものではありません。適切なDXアプリの導入により、職人の技術をより活かせる環境を作ることができます。
成功事例1:地方工務店E社の段階的変革

創業45年の地方工務店E社を継いだ山田社長(34歳)は、慎重な段階的アプローチでDX化を成功させました。従業員25名の同社が辿った変革の軌跡を詳しく見てみましょう。
継承時の危機的状況
山田社長が事業を継いだ3年前、E社は深刻な状況にありました。年間売上は5億円でしたが、利益率は3%と業界平均を大きく下回っていました。工事の遅延も頻発し、顧客からのクレームが月平均8件発生していました。
最も深刻だったのは、現場の状況把握ができないことでした。「現場がどこまで進んでいるかわからない」「材料の発注タイミングがバラバラ」「職人のスケジュール調整が困難」といった問題が日常化していました。
先代社長(山田社長の父)は、「俺が現場を回れば全部わかる」というスタイルでしたが、工事件数の増加とともに限界を迎えていました。若手職人からは「やり方が古い」という不満の声も上がっていました。
アプリ導入の戦略的アプローチ
山田社長は、いきなり大きな変革を行うのではなく、小さな成功体験を積み重ねる戦略を採用しました。最初に導入したのは、現場写真を共有するシンプルなアプリでした。
「SITE」という建設業向けの現場管理アプリを選択し、まずは新築工事1件でテスト運用を開始しました。現場の職人には「今まで通り仕事をして、写真だけアプリで送ってほしい」と伝え、負担感を最小限に抑えました。
テスト運用の結果、以下の効果が確認できました。現場の進捗が事務所でリアルタイムに把握できるようになり、施主への報告も写真付きで迅速に行えるようになりました。また、材料の発注タイミングも最適化され、在庫コストが20%削減されました。
この成功を受けて、ベテラン職人からも「これは便利だ」という声が上がり、全工事への展開に対する理解が得られました。
機能拡張と組織変革
基本的な現場共有で成果を確認した後、段階的に機能を拡張していきました。第二段階では、工程管理機能を追加し、各工事の進捗をガントチャートで可視化しました。
職人からは「自分たちの予定が見えるようになった」「他の現場の状況もわかって調整しやすい」という好評価を得ました。特に、ベテラン職人の佐藤棟梁(58歳)は「最初は面倒だと思ったが、今では手放せない」と話しています。
第三段階では、顧客向けの進捗共有機能を導入しました。施主専用のアクセスページを作成し、自分の家の工事状況をいつでも確認できるようにしました。この取り組みにより、顧客満足度が大幅に向上し、紹介による新規受注が30%増加しました。
劇的な業績改善
アプリ導入から2年経過した現在、E社では以下の成果を上げています。
工期短縮効果として、平均工期が120日から96日に短縮され、20%の効率化を実現しました。これにより、年間の受注可能件数が25件から30件に増加し、売上向上に直結しました。
利益率の改善も顕著で、材料の無駄削減と工期短縮により、利益率が3%から18%に大幅改善しました。年間売上も5億円から6.2億円に増加し、実質的な利益は5倍以上になりました。
顧客満足度の向上も重要な成果です。クレーム件数が月平均8件から1件以下に減少し、顧客からの評価も大幅に向上しました。口コミサイトの評価は3.2点から4.7点に上昇し、新規受注の増加につながっています。
従業員の働き方も大きく改善されました。残業時間が月平均45時間から20時間に削減され、若手職人の定着率も向上しました。「会社が変わった」「働きやすくなった」という声が多数寄せられています。
成功事例2:都市部土木会社F社のデジタル革命

従業員60名の都市部土木会社F社を継いだ佐藤社長(31歳)は、より積極的なDX戦略により、業界の常識を覆す変革を実現しました。
IT業界出身の強みを活かした戦略
佐藤社長は大学卒業後、IT企業で5年間システムエンジニアとして勤務した経験があります。この技術的バックグラウンドを活かし、建設業界の課題をテクノロジーで解決するアプローチを採用しました。
継承当初、F社では公共工事を中心とした従来型の事業展開を行っていました。しかし、入札競争の激化により利益率が低下しており、新たな成長戦略が必要でした。
佐藤社長は、「建設業界のスタートアップになる」という明確なビジョンを掲げ、積極的なDX投資を決断しました。従来の公共工事中心から、民間の中小規模工事にシフトし、高付加価値サービスの提供を目指しました。
複数アプリの統合活用
F社では、単一のアプリに依存するのではなく、複数のアプリを組み合わせた統合ソリューションを構築しました。
現場管理には「Kizuku」を採用し、工程管理と品質管理を一元化しました。ドローンによる空撮と組み合わせることで、土木工事の進捗を3D的に把握できるシステムを構築しました。
営業活動では「Salesforce」のCRMシステムを導入し、顧客情報と工事履歴を統合管理しました。これにより、提案の精度向上と受注率の改善を実現しました。
経理業務では「freee」を活用し、現場からの経費データを自動連携する仕組みを構築しました。経理担当者の業務負荷が大幅に軽減され、リアルタイムな収益分析が可能になりました。
新サービスの創出
DXの推進により、F社では従来の建設業の枠を超えた新サービスを創出しました。
「建設コンサルDX」というサービスでは、他の建設会社に対してDX導入支援を提供しています。自社での成功経験をパッケージ化し、月額50万円のコンサルティングサービスとして展開しています。
また、「スマート現場見学」サービスでは、VR技術を活用した工事現場の遠隔見学を提供しています。新型コロナウイルスの影響で現場見学が困難になった際に開発したサービスですが、現在では重要な収益源となっています。
業界の常識を覆す成果
F社の取り組みは、建設業界の常識を覆す成果を上げています。
収益性の改善が最も顕著で、売上高利益率が8%から25%に向上しました。土木業界の平均利益率5%を大きく上回る高収益企業となっています。
新規事業の売上も急成長しており、DXコンサルティング事業だけで年間売上3,000万円を達成しています。従来の土木工事に加えて、新たな収益源を確立しました。
人材採用面でも大きな変化がありました。「IT×建設」というユニークなポジショニングにより、優秀な若手人材の採用が可能になりました。新卒採用では、応募者数が前年の3倍に増加しました。
業界での評価も高く、建設業界のDX事例として各種メディアに取り上げられています。同業他社からの視察や相談も増加し、業界内での影響力を高めています。
失敗事例1:老舗建設会社G社の性急な変革の代償

創業80年の老舗建設会社G社を継いだ田村社長(33歳)は、性急な変革により深刻な組織混乱を招いたケースです。
全面的変革への焦りと判断ミス
田村社長は海外のMBA取得後に帰国し、グローバルスタンダードの経営手法を導入しようと考えていました。「日本の建設業界は遅れている」という強い危機感から、包括的なDX化を一気に推進することを決定しました。
継承から3ヶ月後、田村社長は5つの異なるアプリを同時に導入することを発表しました。現場管理、営業管理、経理システム、人事評価、顧客管理すべてをデジタル化する計画でした。
しかし、この決定は社内の十分な検討や段階的な検証を経ていませんでした。「とにかく早く変わらなければ」という焦りが、適切な準備を怠らせる結果となりました。
現場の混乱と抵抗の拡大
複数のアプリを同時導入した結果、現場では深刻な混乱が発生しました。60代のベテラン職人からは「覚えることが多すぎる」「仕事にならない」という強い反発が起こりました。
特に問題となったのは、各アプリの操作方法がバラバラで、統一的な研修ができなかったことです。現場監督は「一日中スマホばかり触っている」状態となり、実際の工事管理が疎かになりました。
新システムの不具合も頻発し、データの消失や同期エラーが日常的に発生しました。「紙の方が確実だった」という声が強くなり、結局多くの業務で紙とデジタルの二重管理が必要になりました。
組織の信頼失墜と業績悪化
システムの混乱により、G社では深刻な業績悪化が発生しました。工事の遅延が頻発し、顧客からのクレームが急増しました。月平均2件だったクレームが15件に増加し、会社の信用に大きな傷がつきました。
従業員の離職も相次ぎ、6ヶ月間で8名の職人が退職しました。特に、技術力の高いベテラン職人の離職は、会社の技術力低下に直結しました。
経済的な損失も深刻で、システム導入費用800万円に加えて、工事遅延による違約金や人材採用コストが発生し、総額1,500万円の追加コストが発生しました。
田村社長は当時を振り返り、「変革の必要性は正しかったが、進め方が完全に間違っていた。現場の声を聞かずに突っ走ってしまった」と反省しています。
立て直しと教訓
現在G社では、いったんすべてのシステムを停止し、基本的な業務フローから見直しを行っています。外部コンサルタントの支援を受けながら、段階的なDX導入計画を再策定しています。
田村社長の経験は、「変革の必要性と変革の手法は別問題」という重要な教訓を示しています。どんなに優れたビジョンも、組織の実態に合わない実行方法では成果を得られません。
失敗事例2:中堅ゼネコンH社の準備不足による頓挫

従業員150名の中堅ゼネコンH社を継いだ西川社長(35歳)は、準備不足によりDXプロジェクトが頓挫したケースです。
表面的な導入計画の落とし穴
西川社長は、同業他社の成功事例を参考に、大手ベンダーの建設業向け統合システムの導入を決定しました。しかし、自社の業務実態の詳細な分析を行わずに、パッケージシステムをそのまま導入しようとしました。
導入費用3,000万円の大型プロジェクトでしたが、要件定義の段階で重大な問題が発覚しました。H社の工事管理フローは、長年の慣習により非常に独特で、標準的なシステムでは対応できない部分が多数ありました。
特に、下請け会社との複雑な精算処理や、官公庁特有の書類手続きについて、システムでの対応が困難であることが判明しました。カスタマイズには追加で2,000万円が必要と見積もられ、予算の大幅な超過が確実となりました。
社内体制の未整備
もう一つの大きな問題は、DX推進のための社内体制が整備されていなかったことです。プロジェクトリーダーに任命された総務部長は、ITに関する知識が乏しく、ベンダーとの技術的な議論についていけませんでした。
現場の意見集約も不十分で、各部署の要望がバラバラのまま進行しました。営業部は「顧客管理機能を重視したい」、工事部は「工程管理を優先したい」、経理部は「会計連携を重要視したい」といった具合に、優先順位が定まりませんでした。
ベンダーとの契約内容も曖昧で、追加費用の発生条件やサポート範囲が明確になっていませんでした。結果として、プロジェクトの途中で費用と期間の大幅な見直しが必要になりました。
プロジェクト中止の決断
導入開始から8ヶ月後、西川社長はプロジェクトの中止を決断しました。すでに1,200万円を投じていましたが、完成の見込みが立たず、追加投資を断念しました。
この失敗により、社内ではDXに対する不信が高まりました。「やっぱり無理だった」「昔のやり方の方が良い」という雰囲気が蔓延し、その後のデジタル化の取り組みも進まなくなりました。
西川社長は「事前の準備と社内体制の整備がいかに重要かを痛感した。成功事例を真似るだけでは駄目だということがわかった」と振り返っています。
成功と失敗を分ける決定的な要因

これまでの事例分析から、建設業のDXアプリ導入における成功と失敗の要因が明確になります。
段階的アプローチの重要性
成功事例のE社とF社に共通するのは、段階的なアプローチを採用したことです。小さな成功体験を積み重ねることで、組織全体の理解と協力を得ることができました。
失敗事例のG社では、複数のシステムを同時導入したことで現場が混乱しました。変革には時間が必要であり、組織の消化能力を超えた変革は必ず破綻します。
現場との対話と合意形成
成功企業では、経営者が現場の声に耳を傾け、合意形成を重視しています。特に、ベテラン職人の理解を得ることが、全社的な変革の成功につながっています。
失敗事例では、トップダウンでの一方的な決定により、現場の反発を招いています。建設業では現場の協力が不可欠であり、現場無視の変革は成功しません。
適切な投資規模とタイミング
成功企業では、自社の規模と財務状況に適した投資を行っています。過大な投資は失敗時のダメージが大きく、過小な投資は効果が限定的になります。
また、投資のタイミングも重要です。業績が安定している時期に投資を行うことで、一時的な業績悪化にも対応できます。
建設業のDX成功の鍵は、技術的な要素よりも組織運営の要素が大きく影響します。伝統的な業界だからこそ、変革には時間をかけた丁寧なアプローチが必要です。
若手後継者のための実践的DX戦略

成功事例と失敗事例の分析を踏まえ、若手後継者が効果的にDXを推進するための実践的な戦略をご紹介します。
第1段階:現状分析と小さな実験
まず、自社の業務フローを詳細に分析し、最も効果が期待できる分野を特定します。全体を変革しようとせず、一つの業務に絞って小規模な実験を行います。
現場の写真共有や簡単な進捗報告など、シンプルな機能から始めることをお勧めします。月額数千円程度のアプリで十分効果を確認できます。
第2段階:成功体験の横展開
小規模実験で効果が確認できたら、他の現場や業務に横展開します。この段階では、成功事例を具体的に示すことで、社内の理解を得やすくなります。
ベテラン職人からの「これは使える」という声が出れば、大きな前進です。彼らが変革のチャンピオンになることで、組織全体の変革が加速します。
第3段階:システム統合と高度化
個別のアプリで効果が確認できたら、システム間の連携や高度な機能の導入を検討します。この段階では、投資規模も大きくなるため、慎重な計画が必要です。
外部の専門家やコンサルタントの支援を受けることも検討しましょう。自社だけでは限界があるため、適切な支援を受けることが成功の鍵となります。
建設業における若手後継者のDX推進は、単なる技術導入ではなく、組織変革のリーダーシップが試される重要な取り組みです。伝統を尊重しながら革新を進めるバランス感覚が、成功への道筋となります。
適切なアプローチを取ることで、家業の競争力を高めながら、従業員の働きがいも向上させることができます。変革には時間がかかりますが、着実に歩みを進めることで、必ず成果を得ることができるでしょう。