
「DXに取り組みたいけれど、初期投資が心配」という声を建設業界でよく耳にします。従業員20名の解体工事会社を経営する田中社長も、そんな一人でした。現場管理のデジタル化を検討していたものの、システム導入費用が数百万円と聞いて躊躇していたのです。
しかし、ある日商工会議所のセミナーで「IT導入補助金」という制度を知り、状況が一変しました。補助金を活用することで、当初予算の半分以下でシステム導入が実現できることがわかったのです。田中社長のように、補助金の存在を知らずに機会を逃している建設会社の経営者は意外と多いのが現実です。
国や自治体では、中小企業のデジタル化を支援する様々な補助金制度を用意しています。しかし、制度が複雑で申請手続きが難しそう、自社が対象になるかわからない、といった理由で活用されていないケースが少なくありません。実際には、建設業でも活用できる補助金は数多く存在し、適切に活用すれば大幅なコスト削減が可能です。
建設業で活用できる主要なDX関連補助金

建設業界でDXを推進する際に活用できる補助金制度は多岐にわたります。それぞれの特徴と対象範囲を理解することで、自社に最適な制度を選択できます。
IT導入補助金は最も活用しやすい制度の一つです。この補助金は、業務効率化や売上向上を目的としたITツールの導入費用を支援するもので、補助額は最大450万円、補助率は2分の1から4分の3となっています。建設業では、現場管理システムや顧客管理システム、会計ソフトなどが対象となります。
ものづくり補助金は、革新的なサービス開発や生産性向上を図る設備投資を支援する制度です。建設業でも、3Dプリンターやドローン、IoTセンサーなどの先進的な機器導入に活用できます。補助額は最大1000万円で、補助率は2分の1から3分の2です。
事業再構築補助金は、コロナ禍を機に新たな事業分野への進出や業態転換を図る企業を支援します。建設業でも、従来の工法からデジタル化された新工法への転換や、設計業務のDX化などに活用可能です。
「補助金制度は毎年更新されるため、最新の情報を定期的にチェックすることが重要です。申請期間も限られているので、計画的な準備が必要になります。」
成功事例1:IT導入補助金を活用した現場管理システム導入

埼玉県で住宅リフォーム業を営む株式会社山田工務店では、IT導入補助金を活用して現場管理システムを導入し、大幅な業務効率化を実現しました。
導入前の課題と検討プロセス
山田工務店は従業員18名の会社で、同時に10件程度のリフォーム案件を進行していました。しかし、各現場の進捗管理が紙ベースで行われており、以下のような課題を抱えていました。
- 現場監督の移動時間が全体の3割を占めている
- 進捗報告の集約に毎日2時間を要している
- 材料発注のタイミングがずれて工期遅延が発生
- 顧客への進捗報告が遅れがち
これらの課題解決のため、クラウド型現場管理システムの導入を検討しましたが、初期費用280万円という見積もりに躊躇していました。そんな時、取引先の紹介でIT導入補助金の存在を知り、申請を決意しました。
補助金申請のプロセスと工夫点
山田工務店では、補助金申請にあたって以下のような準備を行いました。まず、IT導入支援事業者として認定されているシステム会社を選定し、事前相談を実施しました。この際、自社の課題を具体的に整理し、導入効果を数値で示せるよう準備しました。
申請書類の作成では、現状の業務フローを詳細に分析し、システム導入による改善効果を明確に記載しました。特に、作業時間の短縮効果や売上向上の見込みを具体的な数値で示すことに注力しました。
申請から採択まで約3か月を要しましたが、結果として補助額210万円(補助率4分の3)の採択を受けることができました。
導入効果と投資回収
システム導入から1年後の効果測定では、期待を上回る成果が得られました。現場監督の移動時間が40%削減され、その分を顧客対応や品質管理に充てることができるようになりました。また、リアルタイムでの進捗共有により、材料発注の最適化が図られ、在庫コストが20%削減されました。
顧客満足度の向上も大きな成果でした。工事の進捗状況を写真付きで定期的に報告できるようになったことで、顧客からの信頼度が向上し、紹介案件が30%増加しました。
数値的には、月間の業務効率化により約50時間の工数削減を実現し、年間換算で約600万円の効果を得ることができました。実質負担額70万円に対して、1年強で投資回収を達成した計算になります。
成功事例2:ものづくり補助金によるドローン導入

福岡県の建設会社である九州建設では、ものづくり補助金を活用してドローンによる測量システムを導入し、新たなサービス展開を実現しました。
事業展開の背景と狙い
九州建設は従業員25名の土木工事会社でしたが、公共工事の減少により新たな収益源の確保が急務となっていました。そこで注目したのが、ドローンを活用した測量サービスです。
従来の測量作業は人手と時間がかかる上、危険な場所での作業も多く、作業員の安全確保が課題でした。ドローンを活用することで、これらの課題を解決しつつ、より精密で効率的な測量サービスを提供できると考えました。
補助金活用による設備投資
ドローン機体と測量ソフトウェア、解析用コンピューターなどの導入費用は約800万円と見積もられました。これに対してものづくり補助金に申請し、補助額400万円(補助率2分の1)の採択を受けました。
申請にあたっては、ドローン測量の市場性と競争優位性を詳細に分析し、3年間の事業計画を策定しました。特に、従来の測量作業と比較した効率性や精度向上、コスト削減効果を具体的な数値で示すことに注力しました。
新サービス展開の成果
ドローン測量サービスを開始してから2年間で、以下のような成果を上げることができました。
- 測量作業時間が従来の3分の1に短縮
- 測量精度の向上により顧客満足度が向上
- 危険箇所での安全性が大幅に改善
- 新規顧客開拓により売上が15%増加
また、ドローン測量で得られた高精度データを活用して、施工計画の最適化や進捗管理の効率化も実現しました。これにより、既存の土木工事業務でも生産性向上が図られ、相乗効果を生み出すことができました。
失敗事例から学ぶ申請時の注意点

補助金活用には成功事例がある一方で、申請が不採択となったり、期待した効果が得られなかったりする失敗事例も存在します。
失敗事例1:準備不足による不採択
千葉県の建設会社E社では、事業再構築補助金に申請したものの、準備不足により不採択となってしまいました。同社は建設業からリフォーム業への転換を図る計画でしたが、申請書類に以下のような不備がありました。
- 市場分析が不十分で競合他社の調査が甘い
- 収益計画の根拠が曖昧
- デジタル化の必要性が明確に示されていない
- 実行体制や人材確保の計画が不明確
特に問題となったのは、なぜその事業転換が必要なのか、デジタル化によってどのような競争優位性を獲得できるのかが明確に示されていなかった点です。
失敗事例2:効果が出なかった投資
大阪府の建設会社F社では、IT導入補助金を活用してERPシステムを導入しましたが、期待した効果が得られませんでした。原因は以下の通りです。
- 自社の業務に合わない高機能すぎるシステムを選択
- 従業員への教育訓練が不十分
- 既存業務フローの見直しを行わずにシステムを導入
- 導入後のサポート体制が不十分
結果として、システムは一部の管理業務でしか活用されず、現場では従来の紙ベースの作業が続行されました。補助金により初期費用は抑えられたものの、期待した生産性向上は実現できませんでした。
「補助金の採択がゴールではありません。導入したシステムを確実に活用し、業務改善につなげることが真の成功です。」
補助金申請を成功させるための実践的ガイド

これまでの事例分析を踏まえ、建設業界の企業が補助金申請を成功させるための具体的なポイントを整理します。
申請前の準備段階
補助金申請の成功は、事前準備の質で決まると言っても過言ではありません。まず現状の業務プロセスを詳細に分析し、課題を明確に特定することから始めます。
次に、導入を検討しているシステムやツールが、特定した課題をどのように解決するのかを具体的に整理します。この際、効果を数値で示せるよう準備することが重要です。例えば、作業時間の短縮効果、コスト削減額、売上向上の見込みなどを根拠とともに算出します。
また、IT導入支援事業者の選定も重要なポイントです。単に価格だけでなく、自社の業界に精通しているか、導入後のサポート体制は充実しているかなどを総合的に評価して選択します。
申請書類作成のコツ
申請書類の作成では、審査員が理解しやすい構成と表現を心がけます。専門用語は極力避け、図表を活用して視覚的にわかりやすく説明します。
特に重要なのは、事業計画の具体性と実現可能性を示すことです。導入スケジュール、効果測定方法、リスク対策などを詳細に記載し、計画の信頼性を高めます。
また、自社の強みや競争優位性を明確に示すことも大切です。なぜ自社がその事業を成功させられるのか、どのような独自性があるのかを具体的に説明します。
採択後の実行フェーズ
補助金の採択を受けた後は、計画通りの実行が求められます。特に重要なのは、進捗管理と効果測定です。定期的に進捗をチェックし、計画からの乖離があれば早期に対策を講じます。
また、従業員への教育訓練を継続的に実施し、新しいシステムやツールの定着を図ります。導入初期は抵抗感を示す従業員もいるため、丁寧なサポートが必要です。
2024年度の最新補助金動向と活用チャンス

2024年度は、政府のデジタル化推進政策により、中小企業向けの補助金制度がさらに充実しています。建設業界にとって特に注目すべき動向を紹介します。
IT導入補助金の拡充内容
2024年度のIT導入補助金では、セキュリティ対策の強化やクラウド化促進を重視した制度設計となっています。特に、サイバーセキュリティ対策を含むシステム導入については、補助率が優遇される仕組みが導入されました。
また、複数年契約のクラウドサービスについても補助対象となり、建設業でよく利用される現場管理システムや顧客管理システムの継続利用コストも支援対象となっています。
グリーン化関連補助金の新設
環境配慮型の建設業務を推進するため、新たにグリーン化関連の補助金制度が創設されました。省エネ機器の導入や、環境負荷を低減する工法のデジタル化などが対象となります。
建設業界では、CO2排出量削減が重要な課題となっており、この分野でのデジタル化投資は今後ますます重要になると予想されます。
地域特化型補助金の活用
国の制度に加えて、各自治体が独自に設けている補助金制度も見逃せません。特に、地方の建設業では、地域活性化を目的とした補助金制度を活用できる場合があります。
例えば、地域の特産品を活用した建材開発や、観光業と連携したデジタル化事業などは、地域特化型補助金の対象となる可能性が高いです。
補助金活用時の注意点と対策

補助金を活用する際には、いくつかの注意点があります。これらを理解して適切に対策することで、スムーズな申請と効果的な活用が可能になります。
資金繰りと実行タイミング
補助金は後払いが原則のため、一時的に全額を自己資金で立て替える必要があります。特に大型の設備投資では、資金繰りに注意が必要です。
対策としては、事前に金融機関と相談し、つなぎ融資の準備をしておくことが重要です。また、複数の補助金を組み合わせることで、自己負担額を最小限に抑える方法もあります。
適正な業者選定
IT導入補助金では、認定されたIT導入支援事業者から調達することが条件となっています。しかし、認定事業者の中でも、建設業界への理解度や技術力には差があります。
複数の事業者から提案を受け、価格だけでなく、業界理解度、導入実績、アフターサポートの充実度などを総合的に評価して選定することが重要です。
効果測定と報告義務
多くの補助金制度では、導入後の効果測定と報告が義務付けられています。そのため、導入前に効果測定の方法を明確に定めておく必要があります。
効果測定では、定量的な指標(作業時間、コスト、売上など)と定性的な指標(顧客満足度、従業員満足度など)の両方を設定し、定期的にモニタリングすることが大切です。
まとめ:補助金を活用した戦略的DX推進

建設業界における補助金を活用したDXの事例分析から、成功のためのポイントが明らかになりました。
重要なポイントをまとめると以下の通りです。
- 現状の課題を明確に特定し、導入効果を数値で示す
- 自社の規模と業務に適したシステムを選択する
- IT導入支援事業者との連携を重視する
- 従業員教育と変革管理を継続的に実施する
- 効果測定と継続改善の仕組みを確立する
補助金制度は、中小建設会社がDXを推進するための強力な支援ツールです。しかし、補助金の獲得自体が目的ではなく、それを活用していかに事業の競争力を高めるかが重要です。
今回紹介した成功事例のように、適切な準備と実行により、限られた投資で大きな効果を得ることが可能です。一方で、失敗事例から学ぶように、準備不足や不適切なシステム選択は期待した効果を得られない結果につながります。
建設業界を取り巻く環境は急速に変化しており、デジタル化の波は今後さらに加速すると予想されます。人材不足、働き方改革、環境配慮など、様々な課題に対応するためにも、計画的なDX推進が不可欠です。
補助金制度を戦略的に活用し、自社の競争力向上と持続的成長を実現していただければ幸いです。まずは最新の補助金情報を収集し、自社に適した制度の検討から始めてみてください。
※本記事は2024年時点の補助金制度および事例に基づいています。
最新情報を確認のうえ、専門家への相談をお勧めします。導入効果は企業の状況によって変動します。