
「うちの会社でもDXを進めなければ」と感じているものの、何から手をつけていいかわからない。そんな悩みを抱える建設会社の経営者は少なくありません。実際、従業員10名から30名規模の建設会社では、大手企業のように潤沢なIT予算もなければ、専門のシステム担当者もいないのが現実です。
「DXなんて大げさな話じゃなくて、まずは現場の効率を上げたい」「職人の高齢化が進む中で、若い世代にも魅力的な職場にしたい」そう考える経営者にとって、DXは単なる流行語ではなく、会社の将来を左右する重要な経営課題となっています。
しかし、いざDXに取り組もうとすると、失敗事例も数多く耳にします。高額なシステムを導入したものの現場で使われなかった、ITに詳しくない従業員が混乱してしまった、投資した分の効果が見えないなど、様々な問題が浮上してきます。
では、同じような規模の建設会社で実際にDXに成功した企業は、どのような取り組みを行ったのでしょうか。また、失敗から学べる教訓は何でしょうか。今回は、リアルな事例を通じて、中小規模の建設会社がDXを成功させるためのポイントを探っていきます。
建設業界におけるDXの現状と課題
建設業界は他の業界と比較してデジタル化が遅れていると言われています。国土交通省の調査によると、建設業のIT投資額は全産業平均の約半分程度に留まっているのが現状です。
特に中小規模の建設会社では、以下のような固有の課題を抱えています。
- 人材不足の深刻化:熟練職人の高齢化が進む一方で、若い世代の建設業離れが続いている
- アナログな業務プロセス:図面管理から工程管理まで紙ベースでの作業が中心
- デジタルツールへの抵抗感:現場作業が中心でパソコン作業に慣れていない従業員が多い
さらに、現場作業が中心となる建設業では、オフィスワークのようにパソコンを使った作業に慣れていない従業員も多く、新しいシステムの導入に対する抵抗感も少なくありません。
「現場の職人さんたちにとって、スマートフォンやタブレットを使うこと自体がハードルになることもあります。まずは簡単で直感的に使えるツールから始めることが重要です。」
成功事例1:神奈川県の建設会社A社の取り組み
従業員15名の建設会社A社では、2年前からDXプロジェクトをスタートしました。同社が最初に取り組んだのは、現場写真の管理システムの導入でした。
導入前の課題
A社では工事の進捗報告のために、毎日大量の現場写真を撮影していました。しかし、これらの写真は各作業員のデジタルカメラやスマートフォンに分散して保存されており、以下のような問題を抱えていました。
- 必要な写真を探すのに時間がかかる
- 写真の整理が追いつかない
- 顧客への報告書作成に手間がかかる
具体的な取り組み内容
A社では、クラウドベースの現場写真管理アプリを導入しました。このアプリでは、撮影した写真に自動的に位置情報と日時が記録され、工事名や作業内容でタグ付けできる機能が搭載されています。
導入にあたっては、まず現場監督2名が1か月間テスト運用を行い、操作方法や活用方法を検証しました。その後、全作業員を対象とした勉強会を開催し、実際に現場でアプリを使いながら操作方法を覚えてもらいました。
得られた効果と成果
導入から1年後、A社では以下のような効果を実感しています。
- 写真の整理時間が従来の約3分の1に短縮
- 顧客への進捗報告書作成時間の大幅削減
- 過去の工事写真を素早く検索可能
- 類似工事の提案時に参考資料として活用
数値的には、月間の事務作業時間が約30時間削減され、その分を営業活動や現場管理に充てることができるようになったとのことです。
成功事例2:大阪府の建設会社B社の工程管理システム
従業員22名のB社では、複数の工事現場を並行して進める中で、工程管理の効率化が大きな課題となっていました。
導入前の状況
B社では、工事の進捗管理を紙のガントチャートと電話・メールでの連絡に依存していました。現場監督が各現場を巡回して進捗を確認し、本社で手作業でスケジュールを更新する作業が日常的に行われていました。このため、リアルタイムでの進捗把握が困難で、工程の遅れが発生した際の対応が後手に回ることが多くありました。
段階的な導入プロセス
B社では、いきなり全現場に新システムを導入するのではなく、段階的なアプローチを採用しました。まず小規模な改修工事1件でテスト導入を行い、その後、中規模工事2件で本格運用を開始しました。
導入したのは、スマートフォンやタブレットから工程の進捗を入力できるクラウド型の工程管理システムです。現場監督が工事の進捗率を入力すると、自動的に全体のガントチャートが更新され、遅れが生じている工程が視覚的に分かるようになりました。
運用における工夫点
B社の成功要因の一つは、現場の声を積極的に取り入れながらシステムをカスタマイズしたことです。例えば、職人からの要望で以下のような機能を追加しました。
- 天候による作業中止を簡単に入力できる機能
- 材料の搬入予定を共有できる機能の強化
また、毎週金曜日の夕方に全現場監督が参加する進捗会議を設け、システムで共有された情報をもとに次週の計画を立てる習慣を確立しました。
成果と波及効果
システム導入から18か月後、B社では工期遅延の発生率が従来の15%から5%まで改善されました。また、現場監督の移動時間が削減されたことで、1人あたり月15時間程度の時間創出につながりました。
さらに想定外の効果として、顧客からの信頼度向上がありました。工事の進捗状況をリアルタイムで共有できるようになったことで、「見える化された工事管理」として高く評価され、リピート受注率が向上したとのことです。
失敗事例から学ぶ教訓
成功事例がある一方で、DXの取り組みが思うようにいかなかった事例も少なくありません。ここでは、実際の失敗事例から学べる重要な教訓を紹介します。
失敗事例1:高機能すぎるシステムの導入
東京都の建設会社C社では、大手建設会社が使用している高機能な統合管理システムを導入しましたが、結果的に現場で使われなくなってしまいました。
このシステムは工程管理、原価管理、品質管理など多機能を備えていましたが、操作が複雑で習得に時間がかかりました。また、入力項目が多すぎて、忙しい現場監督にとっては負担が大きすぎたのです。結果として、導入から3か月後には従来の紙ベースの管理に戻ってしまいました。
「高機能なシステムほど良いというわけではありません。自社の規模や業務フローに合った、シンプルで使いやすいツールを選ぶことが成功の鍵です。」
失敗事例2:現場の声を聞かない一方的な導入
愛知県の建設会社D社では、経営陣の判断でタブレット端末を全現場に配布し、デジタル図面の閲覧システムを導入しました。しかし、事前に現場の意見を聞かずに導入を進めたため、現場からの反発が強く、結果的に活用が進みませんでした。
特に問題となったのは、現場の環境を考慮していなかった点です。建設現場では粉塵や雨にさらされることが多く、通常のタブレットでは故障のリスクが高いことが判明しました。また、従来の紙の図面に慣れた職人にとって、画面上での図面確認は見にくく、作業効率の低下を招きました。
失敗から学ぶ重要なポイント
これらの失敗事例から学べる教訓は明確です。
- 導入前に現場の実情を十分に把握し、従業員の意見を聞くことが不可欠
- 自社の規模や業務に見合ったシステムを選択することが重要で、高機能である必要はない
- 段階的な導入とトレーニングの充実
- 導入後のフォローアップ体制の確立
これらの要素が成功のために欠かせないポイントとなります。
中小建設会社におけるDX成功のための具体的ステップ
これまでの事例分析を踏まえ、中小規模の建設会社がDXを成功させるための実践的なステップを整理します。
ステップ1:現状の業務プロセスの洗い出し
まずは現在の業務フローを詳細に把握することから始めます。どの業務にどれくらいの時間がかかっているか、どこでムダや非効率が発生しているかを客観的に分析します。
具体的には、1週間程度の期間で、各従業員に作業時間の記録をつけてもらいます。その結果をもとに、時間のかかっている業務や繰り返し作業を特定し、デジタル化による効率化の可能性を検討します。
ステップ2:小さな成功体験の積み重ね
いきなり大規模なシステムを導入するのではなく、小さな改善から始めることが重要です。例えば、現場写真の共有にクラウドストレージを使う、連絡手段をメールからビジネスチャットに変更するなど、比較的取り組みやすい分野から着手します。
小さな成功体験を積み重ねることで、従業員のデジタルツールに対する抵抗感を減らし、次のステップへの土台を作ることができます。
ステップ3:従業員の巻き込みと教育
システム導入の際は、現場の声を積極的に聞き、従業員を巻き込んだ進め方を心がけます。導入前には必ずテスト運用期間を設け、実際に使ってもらった上で改善点を収集します。
また、操作方法の習得をサポートするため、定期的な勉強会や個別指導の機会を設けることも大切です。特に年配の従業員に対しては、丁寧なサポートが必要になります。
ステップ4:効果測定と継続的改善
導入後は定期的に効果を測定し、期待した成果が得られているかを検証します。作業時間の短縮、ミスの減少、顧客満足度の向上など、具体的な指標で効果を評価します。
また、運用開始後も継続的に改善を重ね、より使いやすく効果的なシステムへと育てていくことが重要です。
投資対効果を最大化するツール選択のポイント
限られた予算の中でDXを進める中小建設会社にとって、コストパフォーマンスの高いツール選択は重要な経営判断となります。
クラウドサービスの活用メリット
中小企業におすすめなのは、初期費用を抑えられるクラウドサービスの活用です。自社でサーバーを構築する必要がなく、月額利用料のみで始められるため、リスクを最小限に抑えながらDXを進めることができます。
また、クラウドサービスは定期的にアップデートが行われるため、常に最新の機能を利用できる点もメリットです。セキュリティ面でも、専門業者が管理するクラウド環境の方が、多くの場合、自社で管理するよりも安全性が高いとされています。
業界特化型ツールと汎用ツールの使い分け
建設業界には専用に開発されたソフトウェアが多数存在しますが、必ずしも高価な専用ツールが最適解とは限りません。汎用的なツールでも十分に業務効率化を図れる場合があります。
例えば、プロジェクト管理であれば建設業界専用のソフトウェアよりも、汎用的なプロジェクト管理ツールの方がコストパフォーマンスに優れることもあります。重要なのは、自社の業務要件に合致しているかどうかです。
段階的な機能拡張の重要性
最初から多機能なシステムを導入するよりも、基本機能から始めて段階的に機能を拡張していく方が成功率が高くなります。従業員が慣れてきたタイミングで新機能を追加することで、スムーズな運用移行が可能になります。
今後の建設業界DXの展望
建設業界のDXは今後さらに加速していくと予想されます。特に注目すべきトレンドをいくつか紹介します。
AIとIoTの活用拡大
現在は大手企業中心の取り組みですが、AI技術を活用した図面の自動チェックや、IoTセンサーを使った現場の安全管理システムなどが、中小企業でも導入可能な価格帯になってきています。
今後3年から5年以内には、これらの技術がより身近な存在になると予想されます。早めに情報収集を行い、自社への適用可能性を検討しておくことが重要です。
業界標準システムの普及
建設業界全体でのデータ連携を目指した標準システムの開発も進んでいます。将来的には、発注者、設計者、施工業者が同一のプラットフォーム上で情報を共有する時代が来る可能性があります。
このような業界動向を踏まえ、将来的な拡張性を考慮したシステム選択を行うことが賢明です。
「DXは一度実施すれば完了というものではありません。継続的な改善と技術の進歩に合わせたアップデートが必要です。」
まとめ:成功するDXの鍵は現場主導の取り組み
中小規模の建設会社におけるDXの成功事例と失敗事例を分析した結果、成功の鍵は現場の実情に合わせた段階的な取り組みにあることが明らかになりました。
重要なポイントをまとめると以下の通りです。
- 現場の声を聞き、従業員を巻き込んだ取り組みを行う
- 小さな成功体験から始めて、徐々に取り組み範囲を拡大する
- 高機能なシステムよりも、自社の規模と業務に適したシンプルなツールを選択する
- 導入後の継続的な改善とサポート体制を確立する
DXは決して大企業だけのものではありません。適切なアプローチを取れば、限られたリソースの中小企業でも十分に成果を上げることができます。まずは身近なところから、一歩ずつ着実に進めていくことが成功への道筋となるでしょう。
建設業界を取り巻く環境は今後も変化し続けます。人材不足の深刻化、働き方改革の推進、環境配慮の要求増大など、様々な課題に対応していくためにも、DXは避けて通れない道となっています。今回紹介した事例を参考に、自社に最適なDXの形を見つけていただければ幸いです。
※本記事は2025年6月時点の情報と事例に基づいて構成されています。実施にあたっては、自社の状況や専門家の意見を考慮してください。