
「経営陣から『電子帳簿保存法に対応したシステムを構築しろ』と言われたけれど、建設業特有の要件って何があるんだ?」社内の情報システム担当として8年のキャリアを持つ田中さんは、突然任された電子帳簿保存法対応プロジェクトに困惑していました。一般的な電子帳簿保存法の情報は調べましたが、建設業には工事契約書、現場写真、下請け業者との書類など、他業種とは異なる特殊な帳簿類が数多く存在します。「建設業法の要件も満たす必要があるのか?」「現場で撮影した写真も対象になるの?」「既存の工事管理システムとの連携はどうする?」「税務調査の時はどう対応すればいい?」といった疑問が次々と浮かんできます。2024年1月から電子取引データの電子保存が完全義務化され、建設業界でも対応が急務となっています。しかし、建設業特有の複雑な取引形態や書類の種類を考慮したシステム設計には、専門的な知識と経験が必要です。今回は、建設業の情報システム担当者が直面する電子帳簿保存法対応の疑問に、Q&A形式で詳しくお答えします。
電子帳簿保存法の基本と建設業への適用

Q1:電子帳簿保存法の建設業への適用範囲は?他業種と違う点はある?
A:建設業でも電子帳簿保存法は全面適用されますが、建設業法との重複要件や工事特有の書類管理で注意すべき点があります。
建設業で対象となる主要書類
- 工事請負契約書(電子契約で締結したもの)
- 下請契約書(電子取引で授受したもの)
- 見積書・請求書(メール等で授受)
- 材料・機械の発注書・納品書
- 現場写真(電子データとして作成・保存)
建設業特有の注意点
- 建設業法による帳簿保存義務(5年間)との整合性
- 完成工事台帳との関連書類の管理
- 元請・下請関係での書類授受の複雑性
- 工事現場での書類作成・管理の特殊性
- 長期工事における期間をまたぐ書類管理
重要なポイント:建設業では工事完成後も長期間の瑕疵担保責任があるため、電子帳簿保存法の保存期間(7年)だけでなく、建設業法や民法の要件も考慮したシステム設計が必要です。
Q2:2024年1月の完全義務化で建設業は何が変わった?
A:電子取引データの印刷保存が廃止され、建設業でも電子データでの保存が完全義務化されました。
義務化の影響
- メール添付のPDF請求書→電子保存必須
- Web発注システムの取引データ→電子保存必須
- 電子契約の工事請負契約書→電子保存必須
- クラウド経由の見積書授受→電子保存必須
- 電子的な現場写真報告→電子保存必須
建設業でよくある違反パターン
- メール請求書を印刷して紙ファイルで保存
- Web発注データをExcelに転記して保存
- 現場写真をプリントアウトして工事台帳に貼付
- 電子見積書を印刷して紙の稟議書に添付
Q3:建設業法の帳簿保存義務と電子帳簿保存法の関係は?
A:両方の要件を満たす必要があり、より厳しい方の基準に合わせたシステム設計が必要です。
保存期間の比較
- 電子帳簿保存法:帳簿7年、書類5年
- 建設業法:帳簿・営業に関する図書5年
- 適用方針:より長い期間(7年)での保存が安全
建設業法で追加考慮すべき要件
- 完成工事台帳の詳細記録義務
- 下請契約に関する書面保存義務
- 建設業許可に関わる実績証明書類
- 技術者の専任配置に関する記録
システム設計・技術要件に関する質問

Q4:電子帳簿保存法対応に必要なシステム要件は?
A:真実性・可視性・検索性・関係書類備付けの4要件を満たす必要があり、建設業では特に検索機能の充実が重要です。
必須の技術要件
真実性の確保
- タイムスタンプの付与(JIIMA認定)
- データの訂正削除履歴保存
- 訂正削除防止に関する事務処理規程
- 正当な理由のない訂正削除の防止
可視性の確保
- 14インチ以上のディスプレイ等での表示
- 整然とした形式での出力
- 拡大・縮小機能の提供
- 4ポイント以上の文字サイズでの表示
検索機能
- 取引年月日での検索
- 取引金額での検索
- 取引先名での検索
- 工事名・工事番号での検索(建設業特有)
- 範囲指定・組み合わせ検索
Q5:既存の工事管理システムとの連携はどう設計すべき?
A:工事管理システムを中核としたデータ連携により、建設業務と法的要件を両立させる設計が効果的です。
推奨システム構成
- 工事管理システム(メイン)
- 電子帳簿保存システム(法的要件対応)
- 文書管理システム(統合管理)
- 会計システム(経理連携)
- 現場管理アプリ(データ入力)
データ連携の設計ポイント
- 工事番号による横断的なデータ紐付け
- リアルタイムでのデータ同期
- 重複データの整合性管理
- バックアップとリストア機能
- システム間のセキュリティ統一
Q6:クラウドサービス選定時の注意点は?
A:建設業特有の要件と電子帳簿保存法の両方を満たすクラウドサービスの選定が重要です。
建設業向けクラウド選定基準
- JIIMA認証取得の有無
- 建設業法対応機能の充実度
- 大容量ファイル(図面・写真)対応
- 工事管理システムとのAPI連携
- 災害時のBCP対応体制
セキュリティ要件
- ISO27001認証取得
- 国内データセンターでの運用
- 暗号化通信・保存の実装
- アクセスログの詳細記録
- 不正アクセス検知機能
クラウド選定のコツ:建設業界での導入実績が豊富で、業界特有の要件を理解しているベンダーを選択することで、導入時のトラブルを大幅に削減できます。
運用・管理に関する質問

Q7:現場で撮影した工事写真の管理はどうすべき?
A:工事写真は電子帳簿保存法の対象となる可能性が高く、撮影から保存まで一貫した電子管理が必要です。
工事写真の法的位置づけ
- 工事の証跡として法的意味を持つ
- 電子的に作成・保存される場合は電子帳簿保存法の対象
- 建設業法の営業に関する図書に該当
- 完成工事台帳の添付書類として重要
工事写真管理のベストプラクティス
- 撮影時に位置情報・日時の自動記録
- 工事段階・部位による自動分類
- タイムスタンプの自動付与
- クラウドへの即座アップロード
- 検索用メタデータの自動生成
Q8:下請業者との電子的な書類授受はどう管理する?
A:下請業者を含めた統一的な電子取引環境の構築と、法的要件を満たす保存体制が必要です。
下請業者連携の課題と対策
- 課題:下請業者のIT化レベルのばらつき
- 対策:段階的な電子化推進と並行運用期間の設定
- 課題:異なるシステム間でのデータ交換
- 対策:標準フォーマットの策定と変換機能の実装
- 課題:電子署名・タイムスタンプの統一
- 対策:共通プラットフォームの提供
推奨する連携システム
- Web-EDI(電子データ交換)システム
- 建設業界標準の書類交換プラットフォーム
- クラウド型の共有ファイルシステム
- 電子契約サービスの活用
Q9:データ移行とバックアップ戦略はどう設計すべき?
A:長期保存義務と災害対策を考慮した、冗長性の高いバックアップ体制が必要です。
建設業向けバックアップ戦略
- 3-2-1ルール:3つのコピー、2つの異なる媒体、1つのオフサイト
- 地理的分散:災害リスクを考慮した複数拠点保存
- 世代管理:改ざん検知のための複数世代バックアップ
- 暗号化:保存データの暗号化による情報保護
- 定期検証:データ整合性の定期的な確認
データ移行の注意点
- 既存データの形式統一
- メタデータの適切な付与
- 検索インデックスの再構築
- タイムスタンプの継承または新規付与
- 移行前後のデータ整合性検証
税務対応・監査に関する質問

Q10:税務調査時の電子データ提示はどう対応すべき?
A:調査官の求めに応じて、システム画面での提示と必要に応じた印刷出力の両方に対応できる体制が必要です。
税務調査対応の準備
- システム操作マニュアルの整備
- 検索機能のデモンストレーション準備
- データ出力機能の動作確認
- バックアップデータからの復元手順
- システム担当者の立会い体制
提示方法の選択肢
- システム画面での直接表示
- 検索結果の一覧表示
- 個別データの詳細表示
- 必要に応じた印刷出力
- CSV等での一括出力
Q11:システム障害時の対応はどうすべき?
A:法的要件を満たす代替手段の準備と、迅速な復旧体制の構築が重要です。
障害時対応計画
- バックアップシステムへの自動切り替え
- 代替手段での業務継続(紙ベース等)
- 障害期間中のデータ補完方法
- 復旧後のデータ整合性確認
- 関係者への迅速な報告体制
事業継続計画(BCP)の要素
- 重要業務の優先順位設定
- 最低限必要なシステム機能の特定
- 復旧時間目標(RTO)の設定
- データ損失許容時間(RPO)の設定
- 定期的な訓練と見直し
コスト・投資対効果に関する質問

Q12:電子帳簿保存法対応のシステム導入コストはどのくらい?
A:建設会社の規模と既存システムの状況により大きく異なりますが、従業員1人当たり年間5〜20万円が目安です。
規模別コスト目安
小規模建設会社(従業員10〜30名)
- クラウド型電子帳簿保存システム:年間60〜150万円
- 既存システム改修:50〜200万円
- データ移行・設定:30〜100万円
- 研修・運用支援:20〜80万円
- 年間総額:160〜530万円
中規模建設会社(従業員50〜100名)
- 統合型システム:年間300〜800万円
- カスタマイズ・連携:200〜600万円
- インフラ・セキュリティ:100〜300万円
- 導入支援・研修:100〜400万円
- 年間総額:700〜2,100万円
Q13:投資対効果はどう算出すべき?
A:法的コンプライアンス効果に加えて、業務効率化効果を含めた総合的な評価が重要です。
効果算出の要素
- 法的リスク回避効果(青色申告取消リスク等)
- 書類管理業務の効率化(検索時間短縮等)
- 保管コスト削減(物理的保管スペース等)
- 監査対応コスト削減(資料準備時間等)
- 業務プロセス改善効果(承認フロー等)
ROI計算例(従業員50名の建設会社)
年間投資額:700万円
削減効果:
・書類検索時間短縮:月100時間×3,000円×12か月=360万円
・保管コスト削減:年間60万円
・監査対応効率化:年間80万円
・業務プロセス改善:年間200万円
年間効果合計:700万円
投資回収期間:1年
将来対応・発展に関する質問

Q14:電子帳簿保存法の今後の改正動向は?
A:デジタル化促進とAI技術活用に向けた要件緩和と機能拡張が予想されます。
予想される改正方向
- タイムスタンプ要件の緩和・代替手段の拡充
- AI・OCR技術を活用した自動化要件の追加
- クラウドサービス利用に関する指針の明確化
- 中小企業向けの簡素化措置の拡大
- 建設業等の業界特性を考慮した特例措置
システム設計での対応策
- 拡張性の高いアーキテクチャ採用
- API連携による機能追加対応
- AI・機械学習機能の段階的導入
- 法改正に対応できるベンダー選択
- 定期的なシステム見直し体制
Q15:建設業DXとの統合はどう進めるべき?
A:電子帳簿保存法対応を起点として、包括的な建設業DXを段階的に推進することが効果的です。
DX統合のロードマップ
- Phase1:電子帳簿保存法対応(法的要件)
- Phase2:工事管理システム統合(業務効率化)
- Phase3:現場デジタル化(リアルタイム連携)
- Phase4:AI・IoT活用(予測分析・自動化)
- Phase5:総合的なデータ活用(経営判断支援)
統合時の注意点
- 法的要件を満たしたうえでの機能拡張
- 既存業務プロセスとの整合性確保
- 従業員のITスキル向上計画
- 段階的導入によるリスク分散
- 投資対効果の継続的な評価
まとめ:建設業IT担当者が成功する電子帳簿保存法対応

建設業における電子帳簿保存法対応は、単なる法的要件への対応を超えて、業界特有の課題解決と業務効率化を同時に実現する機会です。
成功のための重要ポイント
- 建設業法と電子帳簿保存法の両方を満たすシステム設計
- 工事管理システムを中核とした統合的なアプローチ
- 現場業務と法的要件を両立する実用的な運用設計
- 下請業者を含めた業界全体での電子化推進
- 将来のDX展開を見据えた拡張性の確保
IT担当者として押さえるべき技術要素
- 電子帳簿保存法の4要件(真実性・可視性・検索性・関係書類備付け)
- 建設業特有のデータ管理要件(工事別管理・長期保存等)
- クラウドセキュリティとデータ保護技術
- システム間連携とAPI設計
- 災害対策とBCP対応技術
最も重要なこと:電子帳簿保存法対応は、建設業界の競争力向上とデジタル変革の第一歩です。法的要件を満たすだけでなく、業務効率化と将来の発展基盤構築を同時に実現する戦略的なプロジェクトとして推進しましょう。
建設業界のデジタル化はまだ始まったばかりです。IT担当者として適切な技術選択と段階的な導入により、法的コンプライアンスと業務革新を両立させ、会社の持続的な成長に貢献してください。
※本記事は2025年6月時点の法令・制度をもとに構成しています。
導入にあたっては自社の状況や最新の制度動向を確認し、専門家の助言もご検討ください。