
毎朝机に向かうと、昨日現場から送られてきたファックスの山、手書きの材料発注書、領収書の束、そして請求書と報告書の数字が合わない…。「また今日も残業確定」とため息をつきながら、電卓を叩いて数字を合わせる作業に追われる日々。建設業の経理担当者であるあなたなら、こんな光景は日常茶飯事のはずです。「現場からの報告が遅い」「手書きの数字が読めない」「材料費の計算が合わない」といった問題に、一体いつまで悩まされ続けるのでしょうか。しかし最近、建設業界でもDXアプリの導入により、こうした経理業務の課題を劇的に改善している企業が増えています。ただし、すべてが成功しているわけではありません。導入に失敗して、かえって業務が複雑になってしまった企業もあります。今回は、実際に建設業でDXアプリを導入した企業の生々しい成功事例と失敗事例をご紹介し、経理担当者の視点から学べるポイントを詳しく解説します。
成功事例1:株式会社サンライズ建設(従業員45名)- 請求書作成時間90%削減の奇跡
株式会社サンライズ建設は、東京都内を中心に住宅リフォームを手がける中堅建設会社です。経理担当の田中さん(経験15年)が直面していた最大の課題は、月末の請求書作成業務でした。
導入前の悲惨な状況
田中さんの月末は文字通り地獄でした。各現場から送られてくる手書きの材料使用報告書、作業時間の記録、追加工事の申請書類などを一つ一つエクセルに入力し直し、請求書を作成していました。1件の請求書作成に平均2時間、月末には30件以上の請求書を処理する必要があり、毎月60時間以上の残業が発生していました。
「数字が合わない時は、もう一度現場に確認の電話をかけて、確認が取れるまで帰れませんでした。夜の10時過ぎまで会社にいるのが当たり前で、家族からも『いつまでそんな働き方を続けるの』と言われていました」と田中さんは当時を振り返ります。
さらに深刻だったのは、請求漏れと過請求のリスクでした。手作業での転記ミスにより、月に2〜3件の請求ミスが発生し、顧客からのクレームや信頼失墜につながっていました。
アプリ導入と劇的な変化
2023年4月、同社は建設業特化型のDXアプリ「工事管理Pro」を導入しました。このアプリの特徴は、現場での材料使用や作業時間の入力がリアルタイムで本社の経理システムと連動することでした。
現場監督がスマートフォンで材料のバーコードをスキャンし、使用量を入力すると、即座に材料費が計算され、プロジェクト別の原価管理画面に反映されます。また、作業員の出退勤もアプリで記録され、人件費も自動計算されます。
導入から3ヶ月後の効果は驚異的でした。請求書作成時間は1件あたり12分まで短縮され、90%の時間削減を実現しました。田中さんの残業時間は月間5時間以下になり、家族との時間も取り戻すことができました。
成功の要因分析
この成功の背景には、いくつかの重要な要因がありました。
まず、現場スタッフへの丁寧な教育と段階的導入です。いきなり全現場でアプリを使うのではなく、ITに慣れた若手から始めて、徐々に全体に展開しました。また、アプリの操作方法を現場の朝礼で毎日5分間説明し、1ヶ月かけて全員が使えるようになりました。
次に、現場の声を反映したカスタマイズです。最初のバージョンでは現場から「入力項目が多すぎる」という声があがったため、必要最小限の項目に絞り込みました。「現場の人が使いやすくなければ、いくら良いシステムでも意味がない」という田中さんの判断が功を奏しました。
「アプリ導入で一番大切なのは、現場の協力を得ることです。経理の都合だけでシステムを選ぶと必ず失敗します」- 田中さん
成功事例2:山田工務店(従業員12名)- 小規模企業でも実現した完全ペーパーレス
山田工務店は、地方都市で新築住宅を手がける小規模な工務店です。経理兼総務の山田さとみさん(社長の奥様)が一人で経理業務全般を担当していました。
家族経営ならではの課題
小規模な家族経営の建設会社では、経理担当者が複数の業務を兼務することが多く、山田さんも経理だけでなく、営業事務、総務、現場との連絡調整など幅広い業務を担当していました。
特に困っていたのは、現場の進捗把握と材料費の管理でした。社長である旦那さんが現場を回りながら材料を発注し、その情報が経理に伝わるのに数日かかることもありました。「材料費がいくらかかっているか分からないまま、お客様への中間請求をするのは本当に不安でした」と山田さんは語ります。
シンプルなアプリで大きな効果
山田工務店が選んだのは、月額5,000円で使える「現場ナビ」という比較的シンプルなアプリでした。高機能なシステムではありませんが、現場写真の共有、材料発注の記録、作業日報の提出という基本機能に特化していました。
導入の決め手は、操作の簡単さでした。60代の職人さんでも使えるよう、ボタンの数を最小限に抑え、文字も大きく表示される設計になっていました。
導入から半年後、同社は完全ペーパーレスを実現しました。現場からの報告書はすべてアプリ経由となり、材料費も発注と同時に経理システムに反映されるようになりました。山田さんの業務効率は50%向上し、空いた時間で新規顧客への提案書作成に集中できるようになりました。
小規模企業成功のポイント
山田工務店の成功要因は、「身の丈に合った選択」でした。最新機能満載の高額なシステムではなく、自社の規模と予算に見合ったシンプルなアプリを選択したことが成功につながりました。
また、導入時の工夫も参考になります。アプリの使い方を覚えてもらうため、山田さんが現場に出向いて個別指導を行いました。「大きな会社のように研修制度はありませんが、家族的な雰囲気を活かして、一人一人丁寧にサポートしました」とのことです。
失敗事例1:東日本建設株式会社(従業員120名)- 高機能システムの落とし穴
東日本建設株式会社は、公共工事を中心に手がける老舗の建設会社です。経理部長の佐藤さんは、業務効率化のため最新のAI機能を搭載した高機能DXシステム「スマートビルド」を導入しましたが、結果は期待とは大きく異なるものでした。
過度な期待と現実のギャップ
佐藤さんは、AI技術により「すべての経理業務が自動化される」という営業担当者の説明に魅力を感じ、月額30万円の高額なシステムを導入しました。システムには確かに多くの機能が搭載されていましたが、実際に使い始めると問題が次々と発覚しました。
最大の問題は、システムが複雑すぎて現場の職人が使いこなせないことでした。入力項目が50以上あり、操作手順も複雑で、60代のベテラン職人からは「こんな難しいものは使えない」という声が続出しました。
結果的に、現場からの情報入力が滞り、経理部門では従来の手作業と新システムの両方を並行して運用することになってしまいました。業務効率は向上するどころか、むしろ悪化してしまいました。
導入失敗の根本原因
失敗の根本原因は、現場の実情を無視したシステム選択でした。佐藤さんは「最新の技術を導入すれば必ず効率化できる」と考えていましたが、実際には現場の作業員のITスキルレベルと大きなギャップがありました。
また、導入前の現場ヒアリングも不十分でした。経理部門の要望は詳しく整理しましたが、実際にシステムを使う現場作業員の意見はほとんど聞いていませんでした。
「システムの機能ではなく、誰が使うのかを最優先に考えるべきでした。高機能であっても、現場で使われなければ意味がありません」と佐藤さんは反省しています。
失敗からの学び
東日本建設では、半年後にシステムを変更しました。今度は現場作業員へのヒアリングを十分に行い、シンプルで使いやすいアプリを選択しました。また、導入前に1ヶ月間のテスト運用を実施し、現場の声を反映してから本格導入を行いました。
この経験から学んだ重要なポイントは、「技術的な優秀さよりも、現場での実用性を重視する」ことでした。
「システム導入で最も重要なのは、現場で確実に使われることです。どんなに高機能でも、使われなければ投資は無駄になります」- 佐藤さん
失敗事例2:グリーン建設(従業員28名)- コストと効果のミスマッチ
グリーン建設は、環境配慮型の住宅建築を専門とする建設会社です。経理担当の鈴木さんは、会社の環境方針に合わせてペーパーレス化を推進するため、DXアプリの導入を提案しましたが、予想外の結果となりました。
理想と現実の乖離
鈴木さんは、環境への配慮とコスト削減を両立させるため、年額48万円のクラウド型建設管理システムを導入しました。このシステムは確かにペーパーレス化を実現しましたが、導入後の運用コストが予想を大幅に上回りました。
システム利用料に加えて、データ保存容量の追加費用、カスタマイズ費用、保守費用などが発生し、年間の総コストは当初予算の2倍近くになってしまいました。また、現場スタッフのスマートフォン通信費も会社負担となり、予想外の出費となりました。
効果測定の甘さ
さらに問題だったのは、導入効果の測定が不十分だったことです。鈴木さんは「ペーパーレス化により用紙代が削減される」と考えていましたが、実際の用紙代の削減額は月額2,000円程度に過ぎませんでした。
一方で、システムの月額利用料は4万円であり、コスト面でのメリットはほとんどありませんでした。時間短縮効果についても、システムへの入力に慣れるまで時間がかかり、当初3ヶ月間はむしろ作業時間が増加してしまいました。
適切な事前評価の重要性
グリーン建設の失敗から学べるのは、導入前の費用対効果分析の重要性です。システム導入により削減される コストと新たに発生するコストを詳細に比較検討し、長期的な投資対効果を慎重に評価する必要があります。
また、導入目的の明確化も重要です。「環境配慮」という抽象的な目標ではなく、「月間○時間の作業時間短縮」「年間○万円のコスト削減」といった具体的で測定可能な目標を設定すべきでした。
成功事例3:第一建設工業(従業員85名)- 段階的導入で実現した全社DX
第一建設工業は、商業施設の建築を主力とする建設会社です。経理部の課長である田村さんは、3年間をかけた段階的なDXアプリ導入により、全社的な業務改革を実現しました。
計画的な段階導入戦略
田村さんの戦略は、いきなり全社でシステムを導入するのではなく、3つの段階に分けて徐々に拡大していくことでした。
第1段階では、経理部門のみで会計ソフトとの連携に特化したアプリを導入しました。現場からの入力は従来通り紙ベースのまま、経理部門内でのデータ処理のみを効率化しました。この段階で、経理担当者がアプリに慣れ、運用上の課題を洗い出しました。
第2段階では、現場監督レベルまで対象を拡大し、工程管理と材料管理の機能を追加しました。ただし、一般作業員は従来通りの運用を継続し、現場監督が代表して入力を行いました。
第3段階で、全作業員を対象とした完全なペーパーレス運用を開始しました。この時点では、経理部門と現場監督がシステムに十分慣れており、作業員への指導もスムーズに進みました。
各段階での詳細な効果測定
第一建設工業の優れた点は、各段階での効果を詳細に測定し、次の段階への改善に活かしたことです。
第1段階終了時点で、経理部門の請求書作成時間が30%短縮されました。また、転記ミスによる修正作業も月間15件から3件に減少しました。
第2段階では、現場と経理の情報共有がリアルタイム化され、材料費の把握精度が大幅に向上しました。従来は月末にならないと正確な原価が分からなかったものが、日次での原価把握が可能になりました。
第3段階完了後は、全社的な業務効率が向上し、残業時間は前年同期比で35%削減されました。また、顧客への進捗報告も詳細かつタイムリーに行えるようになり、顧客満足度も向上しました。
段階導入成功の要因
段階的導入が成功した要因として、各段階で十分な時間をかけて定着を図ったことが挙げられます。次の段階に進む前に、現在のシステムが確実に運用できるようになるまで待ったことで、混乱を最小限に抑えることができました。
また、各段階での課題を次の段階の改善に活かしたことも重要でした。例えば、第1段階で発見された操作性の問題を、第2段階導入前にシステムベンダーと協力して改善しました。
「DXは一朝一夕には実現できません。焦らず、着実に一歩ずつ進めることが最終的には最短距離になります」- 田村さん
事例から学ぶ成功の法則と失敗の回避策
これまでご紹介した事例から、建設業DXアプリ導入の成功法則と失敗回避策を整理してみましょう。
成功の共通要因
成功事例に共通する要因として、以下の点が挙げられます。
まず、現場の実情に合わせたシステム選択です。高機能である必要はなく、現場の作業員が確実に使えるレベルのシステムを選択することが重要です。特に、ITスキルにばらつきがある建設業界では、最も ITスキルの低い人でも使えるシステムを選ぶべきです。
次に、段階的な導入と十分な教育期間の確保です。いきなり全社でシステムを変更するのではなく、小さな範囲から始めて徐々に拡大していくことで、リスクを最小化できます。
また、現場の声を積極的に取り入れ、必要に応じてシステムをカスタマイズすることも重要です。経理部門の都合だけでシステムを決めるのではなく、実際に使用する現場作業員の意見を十分に聞くことが成功の鍵となります。
失敗の共通パターン
失敗事例に共通するパターンとして、以下の点が挙げられます。
最も多いのは、現場の実情を無視した高機能システムの導入です。「最新技術を導入すれば必ず効率化できる」という思い込みは危険で、実際に使用する人のスキルレベルと合致したシステムを選ぶ必要があります。
また、導入前の費用対効果分析が不十分なケースも多く見られます。システムの利用料だけでなく、導入に伴う研修費用、運用費用、保守費用なども含めた総コストを正確に把握する必要があります。
さらに、導入目的が曖昧なまま進めてしまうケースも失敗につながりやすいです。「DXが流行っているから」「競合他社が導入しているから」といった理由ではなく、具体的で測定可能な目標を設定することが重要です。
経理担当者として心がけるべきポイント
最後に、経理担当者としてDXアプリ導入を検討する際の具体的なポイントをまとめます。
導入前の準備として、現在の業務プロセスと課題を詳細に分析し、数値化できる目標を設定しましょう。「なんとなく効率化したい」ではなく、「請求書作成時間を50%短縮したい」「月次決算の早期化を3日短縮したい」といった具体的な目標が重要です。
システム選択では、機能の豊富さよりも使いやすさを重視しましょう。デモンストレーションでは、実際に現場で働く人にも操作してもらい、現実的な使用感を確認することが大切です。
導入後は、定期的な効果測定と改善活動を継続しましょう。導入して終わりではなく、継続的にシステムを最適化していくことで、真の効果を実現できます。
建設業DXアプリの導入は、経理業務の効率化と働き方改革を実現する強力なツールです。ただし、適切な選択と運用を行わなければ、期待した効果は得られません。今回ご紹介した事例を参考に、自社に最適なDXアプリ導入を検討してみてください。
※本記事は2025年6月時点の事例や一般的な実情に基づいて構成されています。
実際の導入にあたっては、自社の状況や専門家の助言を踏まえてご判断ください。