
「情報システム部に配属されたばかりなのに、いきなり電子帳簿保存法への対応を任された」「建設業特有の書類管理について、どこから手をつければいいのかわからない」「法改正の内容は理解したつもりだが、実際のシステム導入となると不安だらけ」
こうした状況に置かれた情報システム担当者は決して珍しくありません。電子帳簿保存法は2022年1月に大幅改正され、2024年1月からは電子取引データの保存が義務化されました。建設業界では膨大な図面データ、契約書、請求書などを扱うため、他業種以上に適切な対応が求められます。
しかし、法律の条文を読んでも「具体的に何をすればいいのか」が見えてこないのが現実です。特に建設業では、現場と事務所、元請けと下請けといった複雑な関係性の中で書類管理を行うため、一般的な解説だけでは対応が困難です。
電子帳簿保存法とは?建設業への影響を基礎から理解

電子帳簿保存法は、税法上保存が義務付けられている帳簿や書類を電子データで保存することを認める法律です。1998年の制定以来、デジタル化の進展に合わせて何度も改正されてきました。
2022年改正の重要ポイント
今回の改正で最も重要な変更点は、電子取引データの保存義務化です。これまでは電子で受け取った書類を印刷して紙で保存することが認められていましたが、2024年1月からは原則として電子データでの保存が必要となりました。
建設業で対象となる主な電子取引
- メールで送受信する図面データ
- オンライン発注システムでの資材注文
- 電子契約サービスでの契約締結
- クラウド型の工程管理システム
- 電子請求書・電子領収書
これらすべてが電子取引に該当し、適切な形式での電子保存が義務となります。
建設業特有の課題
建設業では他業種と比較して、以下の特殊事情があります。
建設業は工事期間が長期にわたり、関連書類も膨大になります。また、現場事務所、本社、協力会社など複数の拠点で書類管理が必要なため、システム設計時にこれらの特性を考慮する必要があります。
建設業固有の考慮事項
- 工事期間中の書類の継続的な更新
- 完成後の長期保存要件(建設業法で10年間)
- 現場での図面閲覧・更新ニーズ
- 下請業者との書類共有の必要性
- 監督官庁への報告書類の管理
保存区分別の詳細要件と建設業での実例

電子帳簿保存法では、保存する書類を3つの区分に分けて要件を定めています。建設業での具体例と合わせて説明します。
電子帳簿等保存:会計ソフトで作成したデータの保存
会計ソフトや専用システムで作成した帳簿・決算書類を電子データのまま保存する方法です。
建設業での対象書類例
- 工事台帳
- 原価計算書
- 総勘定元帳
- 工事別損益計算書
- 完成工事原価報告書
この区分は任意適用のため、必ずしも電子保存する必要はありませんが、活用すれば大幅な効率化が期待できます。
スキャナ保存:紙で受領した書類の電子化
取引先から紙で受け取った書類をスキャンして電子化し、電子データで保存する方法です。
建設業での適用例
- 協力会社からの請求書
- 資材購入時の領収書
- 現場で作成した手書きの報告書
- 検査機関からの検査証明書
- 官公庁からの許可証・承認書
スキャナ保存の技術的要件
- 解像度:200dpi以上のカラー画像
- タイムスタンプ:受領後概ね7営業日以内
- ヴァージョン管理:訂正・削除の履歴保持
- 見読性:画面・書面での明瞭な確認
- 検索性:日付・金額・取引先での検索
電子取引:電子的に授受した取引情報の保存
最も重要で、かつ義務化された区分です。建設業では日常的に電子取引が行われているため、確実な対応が必要です。
建設業での電子取引の具体例
設計・施工段階
- 設計事務所からメール送信される図面データ
- BIM/CIMデータの電子的な授受
- 仕様変更指示書のオンライン送信
資材調達段階
- 建材メーカーのオンライン発注システム
- 電子カタログでの商品選定
- EDI(電子データ交換)システムでの取引
請負・支払段階
- 電子契約サービスでの工事請負契約
- クラウド型請求書発行システム
- 銀行振込の電子明細
建設業向けシステム設計の考慮点

建設業で電子帳簿保存法に対応するシステムを設計する際は、業界特有の要件を考慮する必要があります。
工事管理との連携設計
建設業では工事番号を中心とした管理が一般的なため、電子保存システムも工事管理システムと連携した設計が効果的です。
連携ポイント
- 工事番号による書類の自動分類
- 工程表との連動による書類作成・保存
- 原価管理システムとの自動連携
- 完成検査時の書類一括確認機能
マルチデバイス対応の重要性
建設業では現場事務所、本社、協力会社など様々な場所から書類にアクセスする必要があります。
現場では図面の確認、本社では承認処理、協力会社では報告書の提出といったように、利用シーンが多様なため、PC、タブレット、スマートフォンすべてに対応したシステム設計が必要です。
デバイス別の機能要件
- PC:詳細な検索・編集機能
- タブレット:図面表示・現場確認機能
- スマートフォン:緊急時の書類確認機能
セキュリティ設計の重要性
建設業では顧客の設計情報や企業の機密情報を多く扱うため、高いセキュリティレベルが要求されます。
必要なセキュリティ対策
- アクセス制御:工事別・役職別の権限管理
- 暗号化:データ送信・保存時の暗号化
- 監査ログ:アクセス履歴の詳細記録
- バックアップ:災害時のデータ保護
- ウイルス対策:マルウェア対策の実装
実装段階での具体的な手順

理論的な理解ができたら、次は実際のシステム実装に移ります。建設業特有の複雑性を考慮した実装手順を説明します。
第1段階:現状分析と要件定義
まず、現在の書類管理状況を詳細に把握し、システム要件を明確にします。
調査すべき項目
- 月間の書類処理件数と種類
- 現在の保存方法と保存場所
- アクセス権限と承認フロー
- 他システムとの連携状況
- 法的保存期間の管理状況
建設業では工種や規模により書類の種類が大きく異なるため、自社の業務実態に合わせた詳細な分析が重要です。
第2段階:システム選定と設計
要件が明確になったら、適切なシステムを選定します。
システム選定の判断基準
- 法的要件への完全準拠
- 建設業務との親和性
- スケーラビリティ(拡張性)
- 既存システムとの連携性
- ベンダーのサポート体制
特に建設業では、基幹システムやCADシステムとの連携が重要になるため、API連携やデータ変換機能の有無を重点的に確認しましょう。
第3段階:データ移行計画
既存の書類データを新システムに移行する計画を策定します。
移行データの優先順位
- 高優先:進行中の工事関連書類
- 中優先:過去3年間の完成工事書類
- 低優先:それ以前のアーカイブデータ
移行作業は業務に影響しないよう、工事の閑散期や週末に実施することをお勧めします。
運用フェーズでの注意点とベストプラクティス

システムが稼働した後の運用面での注意点を整理します。
ファイル命名規則の統一
建設業では工事期間が長く、関連書類も膨大になるため、統一的なファイル命名規則が重要です。
推奨命名規則例
工事番号_書類種別_作成日付_版数.拡張子
例:A2024001_契約書_20240315_v01.pdf
この規則により、検索性が大幅に向上し、法的要件である「検索機能」も満たすことができます。
承認ワークフローの設計
建設業では階層的な組織構造が一般的なため、電子承認システムも組織構造に合わせた設計が必要です。
一般的な承認フロー
- 現場担当者:書類作成・初期確認
- 現場代理人:現場レベルでの承認
- 工事部長:部門レベルでの承認
- 取締役:経営レベルでの最終承認
緊急時の代理承認や、承認者不在時の自動エスカレーション機能も重要な要素です。
定期的な監査とメンテナンス
電子帳簿保存法への継続的な準拠を確保するため、定期的な監査が必要です。
監査チェックポイント
- タイムスタンプの正常性確認
- 検索機能の動作確認
- バックアップデータの整合性確認
- アクセス権限の適正性確認
- 法改正への対応状況確認
税務調査への備えと対応策

電子帳簿保存法に基づく電子保存を行う場合、税務調査での確認事項も変わります。適切な準備が重要です。
税務調査で確認される項目
システムの要件適合性
調査官は、使用しているシステムが法的要件を満たしているかを確認します。システムの仕様書や設定画面を提示できるよう準備しておきましょう。
運用の適正性
規程通りの運用が実際に行われているかが確認されます。操作ログやワークフローの履歴が重要な証拠となります。
データの真正性
保存されているデータが改ざんされていないことを証明する必要があります。タイムスタンプやハッシュ値による検証が行われます。
調査対応の準備
税務調査に備えて、システムの操作マニュアル、運用規程、定期監査の記録などを整備しておくことが重要です。また、調査官への説明ができる担当者を明確にしておきましょう。
準備すべき書類
- 電子帳簿保存法対応マニュアル
- システムの仕様書・設定書
- 運用規程と教育記録
- 定期監査の実施記録
- システム導入時の検証記録
今後の法改正動向と対応準備

電子帳簿保存法は技術の進歩に合わせて継続的に改正されています。将来の変更に備えた体制づくりが重要です。
予想される今後の改正方向
AI・機械学習の活用拡大
OCR(光学文字認識)技術やAIを活用した書類の自動分類・データ抽出が一般化すると予想されます。これに伴い、AI処理されたデータの真正性確保に関する要件が追加される可能性があります。
国際標準への対応
建設業の海外展開が増える中、国際的な電子文書標準への対応要件が追加される可能性があります。
継続的対応のための体制づくり
情報収集体制の確立
- 国税庁や関連省庁の発表情報の定期チェック
- 業界団体の勉強会への参加
- システムベンダーからの情報収集
- 税理士・会計士との定期的な情報交換
システムの柔軟性確保
将来の法改正に対応できるよう、システムの設計段階から柔軟性を確保しておくことが重要です。
法改正への対応は一度限りの作業ではありません。継続的な情報収集と迅速な対応ができる体制を整備することで、法的リスクを最小限に抑えながら業務効率の向上を実現できます。
まとめ:建設業における電子帳簿保存法対応の要点

建設業における電子帳簿保存法への対応は、単なる法的義務への対応にとどまらず、業務効率化と競争力向上の重要な機会でもあります。
情報システム担当者として最も重要なのは、法的要件を正確に理解した上で、建設業特有の業務実態に合わせたシステム設計を行うことです。工事管理との連携、現場でのアクセシビリティ、長期保存への対応など、建設業ならではの要件を見落とさないよう注意が必要です。
また、システム導入は一度実施すれば完了ではありません。継続的な運用改善、法改正への対応、税務調査への備えなど、長期的な視点での取り組みが成功の鍵となります。
適切に対応することで、書類管理の効率化、コンプライアンスの強化、そして最終的には企業の競争力向上を実現できるでしょう。建設業界のデジタル化を牽引する重要な取り組みとして、着実に進めていきましょう。
※本記事は2025年6月時点の法令・業界動向を基に構成されています。
内容は一般的な解説であり、導入にあたっては自社の状況に応じて、専門家等の確認を推奨します。