
毎月の請求書処理で深夜まで残業、工事報告書と経理データの突合作業に追われる日々。「なぜこんなに時間がかかるのだろう」「もっと効率的な方法があるはずなのに」そんな思いを抱えながら、電卓を叩き続ける建設業の経理担当者は少なくありません。実際に、建設業経理協会の調査によると、建設業の経理担当者の65%が「月次決算に10日以上かかる」と回答しており、他業界の平均7日と比較して大幅に時間を要している実態が明らかになっています。
この背景には、建設業特有の複雑な会計処理があります。工事別の原価管理、多様な協力会社との取引、現場からの報告書と経理データの整合性確認など、一つ一つの作業が積み重なって膨大な業務量となっているのです。しかし、近年注目されているDXアプリの導入により、これらの課題を解決し、劇的な業務効率化を実現している建設会社が増えています。
本記事では、実際に建設業でDXアプリを導入した企業の成功事例と失敗事例を詳しく紹介し、経理業務の効率化を実現するためのポイントを解説します。
成功事例1:月次決算期間を75%短縮した中堅建設会社の取り組み

埼玉県で土木工事を手がけるA建設株式会社(従業員数28名、年商8億円)は、2023年4月にクラウド型建設業向けDXアプリを導入し、経理業務の大幅な効率化を実現しました。
導入前の課題
同社の経理担当者である田中さん(仮名)は、毎月の決算処理に頭を悩ませていました。主な課題は以下のとおりです。
- 工事現場からの報告書がバラバラのタイミングで届き、整理に丸2日必要
- 協力会社からの請求書と現場報告書の照合作業に週3日を要する
- 工事別の原価計算を手作業で行うため、計算ミスが月に3〜4件発生
- 月次決算完了まで平均16日間かかり、経営陣への報告が遅れがち
特に深刻だったのは、現場の進捗報告と経理データの不整合でした。現場監督が提出する工事進捗報告書と、実際の支払い状況や材料費の計上タイミングがずれることで、正確な工事別収支の把握に時間を要していました。
導入したDXアプリの特徴
A建設が選択したのは、建設業特化型のクラウドアプリ「建設ワーク」(月額利用料12万円)でした。このアプリの主な機能は以下のとおりです。
- 現場報告書の自動集計とリアルタイム共有
- 請求書OCR機能による自動データ入力
- 工事台帳と会計システムの自動連携
- 協力会社との請求書やり取りのデジタル化
- 工事別損益の自動計算とダッシュボード表示
導入プロセスと工夫点
導入は段階的に進められました。まず1ヶ月目は既存の手作業と並行してアプリを試用し、データの正確性を検証。2ヶ月目から徐々に手作業を減らし、3ヶ月目で完全移行を達成しました。
特に重要だったのは、現場監督との連携です。現場からの報告書入力をスムーズにするため、スマートフォンでの簡単入力機能を活用し、現場監督向けの操作研修を実施しました。また、協力会社には段階的にデジタル請求への移行を依頼し、6ヶ月かけて80%の協力会社のデジタル化を実現しました。
導入効果と成果
導入から1年後の効果は以下のとおりです。
作業時間の大幅短縮
- 月次決算処理時間:16日 → 4日(75%短縮)
- 請求書処理時間:週20時間 → 週5時間(75%短縮)
- 工事別原価計算:月40時間 → 月8時間(80%短縮)
精度向上とミス削減
- 計算ミス:月3〜4件 → 月0〜1件(85%削減)
- 請求書と報告書の不整合:月8件 → 月1件(87%削減)
経営への貢献
月次決算の早期化により、経営陣への業績報告が月初5日目に可能となり、迅速な経営判断を支援できるようになりました。また、工事別の収益性がリアルタイムで把握できるようになったため、不採算工事の早期発見と対策が可能になりました。
田中さんのコメント:「最初は新しいシステムに不安がありましたが、今では『なぜもっと早く導入しなかったのか』と思います。残業時間も月40時間から10時間に減り、家族との時間も増えました」
失敗事例1:現場との連携不足で挫折した工務店の教訓

一方で、DXアプリ導入に失敗した事例もあります。千葉県の住宅建築を手がけるB工務店(従業員数15名、年商3億円)の事例を紹介します。
導入の経緯と選択したアプリ
B工務店の経理担当者である山田さん(仮名)は、請求書処理の煩雑さに悩んでいました。特に、下請け業者からの請求書が月末に集中し、処理に追われる状況が続いていました。
そこで2022年10月、「建設クラウド」(月額利用料8万円)というDXアプリの導入を決定しました。このアプリは以下の機能を持っていました。
- 請求書の電子化とワークフロー機能
- 工事進捗管理とガントチャート
- 協力会社とのコミュニケーション機能
- 簡易的な工事原価管理
失敗の原因
現場監督の反発と協力不足
最大の失敗要因は、現場監督との事前調整不足でした。経理部門主導で導入を進めたため、現場監督からは「余計な作業が増える」「今までのやり方で問題ない」という反発の声が上がりました。
結果として、現場からの報告書入力が滞り、システム上のデータと実際の工事進捗に大きな乖離が生じました。
協力会社への説明不足
協力会社に対するシステム説明が不十分で、従来通りの紙ベース請求書での提出が続きました。その結果、経理担当者が手作業でデータ入力する業務が残り、効率化効果が得られませんでした。
段階的導入の計画不足
一度に全ての業務をシステム化しようとしたため、従業員の負担が急増しました。操作に慣れるまでの期間中は、むしろ従来よりも作業時間が増加する結果となりました。
失敗から学んだ教訓
導入から6ヶ月後、B工務店はシステムの利用を中止し、従来の手作業に戻りました。この失敗から得られた教訓は以下のとおりです。
- 関係者全員の合意形成が導入成功の前提条件
- 段階的な導入計画の重要性
- 操作研修の充実とサポート体制の確保
- 協力会社を含めた全体最適化の必要性
山田さんのコメント:「システム自体は良いものでしたが、準備不足が致命的でした。特に現場の理解を得ずに進めたことが最大の反省点です」
成功事例2:請求書処理の完全自動化を実現した専門工事会社

神奈川県で電気工事を専門とするC電工株式会社(従業員数22名、年商5億円)は、2023年7月にAI機能付きDXアプリを導入し、請求書処理の完全自動化を実現しました。
導入前の深刻な課題
同社の経理担当者である佐藤さん(仮名)が抱えていた課題は特に深刻でした。
- 月間処理する請求書が約300件と大量
- 電材メーカーごとに異なる請求書フォーマットへの対応
- 請求書の内容確認と工事台帳との照合に週4日を要する
- 支払い漏れや重複支払いのリスク管理
特に電材メーカーからの請求書は、商品コードや規格が複雑で、工事現場で使用した材料との照合に多大な時間を要していました。
AI機能を活用したDXアプリの選択
C電工が選択したのは「AI経理アシスタント for 建設業」(月額利用料15万円)でした。このアプリの特徴的な機能は以下のとおりです。
- AI-OCRによる請求書の自動読み取りと仕訳生成
- 工事台帳との自動照合と差異アラート機能
- 支払い予定の自動管理とキャッシュフロー予測
- 電材メーカー固有の商品マスタとの連携
- 承認ワークフローの自動化
段階的導入とカスタマイズ
C電工では、失敗事例を参考に慎重な導入プロセスを採用しました。
第1段階(1〜2ヶ月目)
主要な電材メーカー3社の請求書のみをシステム化。手作業と並行してデータの正確性を検証しました。
第2段階(3〜4ヶ月目)
対象メーカーを10社に拡大。同時に現場監督向けの材料使用報告アプリを導入し、リアルタイムでの材料使用状況把握を開始しました。
第3段階(5〜6ヶ月目)
全ての協力会社・メーカーをシステム化。完全自動化の実現を達成しました。
驚異的な効率化効果
導入完了から6ヶ月後の効果は以下のとおりです。
作業時間の劇的短縮
- 請求書処理時間:週32時間 → 週4時間(87%短縮)
- 材料費照合作業:週16時間 → 週2時間(87%短縮)
- 支払い処理時間:月12時間 → 月2時間(83%短縮)
精度とリスク管理の向上
- 請求書処理ミス:月5〜6件 → 月0件(100%削減)
- 支払い漏れ:年2〜3件 → 年0件(100%削減)
- 重複支払い:年1〜2件 → 年0件(100%削減)
キャッシュフロー管理の高度化
AI予測機能により、3ヶ月先までの支払い予定とキャッシュフローが自動で予測されるようになり、資金繰り管理が大幅に改善されました。
佐藤さんのコメント:「AIの力は本当に驚異的です。請求書を見ただけで工事内容まで推測して仕訳を作成してくれます。もう手作業には戻れません」
失敗事例2:コスト重視で機能不足のアプリを選んだ建設会社

最後に、コスト重視でアプリを選択し、期待した効果を得られなかった事例を紹介します。
導入の背景
茨城県で総合建設業を営むD建設株式会社(従業員数35名、年商10億円)の経理課長である鈴木さん(仮名)は、DX導入の必要性を感じながらも、コスト面での懸念を抱えていました。
複数のDXアプリを検討した結果、月額利用料3万円という低価格を理由に「シンプル建設管理」というアプリを選択しました。
選択したアプリの制限
「シンプル建設管理」は確かに低価格でしたが、以下の制限がありました。
- 同時利用ユーザー数が5名まで
- データ保存期間が1年間のみ
- 外部システムとの連携機能が限定的
- カスタマイズ機能がほとんどない
- サポート体制が平日のメール対応のみ
運用開始後の問題
ユーザー数制限による業務停滞
同時利用可能な5名の枠がすぐに埋まってしまい、経理担当者が入力作業をしたい時にシステムにアクセスできない状況が頻発しました。
データ保存期間の制約
1年間のデータ保存制限により、前年同期との比較分析ができず、経営判断に必要なデータが不足しました。
既存システムとの連携不足
既存の会計システムとの連携ができないため、結局手作業でのデータ転記が必要となり、効率化効果が限定的でした。
最終的な判断と教訓
導入から1年後、D建設は月額利用料18万円の上位アプリへの移行を決断しました。結果的に、最初から適切なアプリを選択していれば節約できた時間とコストは以下のとおりです。
- 追加で発生した作業時間:月80時間(人件費換算で年間240万円)
- 移行作業にかかった費用:150万円
- 機会損失(経営判断の遅れ):推定200万円
鈴木さんのコメント:「安物買いの銭失いという言葉を身をもって体験しました。最初から適切な投資をしていれば、時間もお金も大幅に節約できたはずです」
成功・失敗事例から学ぶDXアプリ導入のポイント

これらの事例から、建設業でDXアプリを成功させるための重要なポイントが見えてきます。
成功のための5つの条件
1. 関係者全員の合意形成
経理部門だけでなく、現場監督、協力会社を含めた全関係者の理解と協力が不可欠です。導入前の説明会や研修の実施により、全員がメリットを理解できる環境を作ることが重要です。
2. 段階的な導入計画
一度に全ての業務をシステム化するのではなく、重要度と効果の高い業務から段階的に導入することで、リスクを最小化できます。
3. 適切な機能とコストのバランス
目先のコストにとらわれず、自社の業務要件を満たす機能を持ったアプリを選択することが長期的な成功につながります。
4. 充実したサポート体制
導入初期のトラブル対応や操作指導において、ベンダーからの充実したサポートが成功の鍵となります。
5. 継続的な改善と最適化
導入後も定期的な効果測定と業務フローの見直しを行い、システムを最適化し続けることが重要です。
失敗を避けるための注意点
準備不足での見切り発車
十分な検討や関係者調整を行わずに導入を急ぐと、かえって業務効率が低下するリスクがあります。
コスト重視による機能不足
初期コストを抑えることばかりに注目し、必要な機能が不足しているアプリを選択すると、結果的に高コストになる可能性があります。
現場軽視の経理主導導入
経理部門の都合のみを考慮し、現場の業務フローを無視した導入は失敗の原因となります。
建設業経理担当者が選ぶべきDXアプリの条件

事例分析を踏まえ、建設業の経理担当者がDXアプリを選択する際の具体的な条件をまとめます。
必須機能
- 建設業会計基準に対応した工事別原価管理
- OCR機能による請求書の自動読み取り
- 既存会計システムとの連携機能
- 現場報告書との自動照合機能
- 承認ワークフローの設定
重要な選定基準
- 同業他社での導入実績と成功事例
- サポート体制の充実度(電話・チャット・訪問対応)
- データのセキュリティ対策
- 将来的な機能拡張の可能性
- ユーザーインターフェースの使いやすさ
投資対効果の評価指標
- 月次決算処理時間の短縮効果
- 人的ミスの削減効果
- 残業時間の削減による人件費削減
- 経営判断スピードの向上効果
- キャッシュフロー管理の精度向上
まとめ:経理DXの成功は準備と選択にあり

建設業におけるDXアプリ導入は、適切な準備と選択により大きな成果を得ることができます。成功事例では75〜87%の作業時間短縮を実現し、ミスの大幅削減と経営判断の迅速化を達成しています。
一方で、準備不足や不適切なアプリ選択により失敗に終わった事例も存在します。特に重要なのは、経理部門だけでなく現場を含めた全社的な取り組みとして進めることです。
DXアプリの導入は、単なるデジタル化ではなく、業務プロセス全体の最適化を実現する戦略的投資です。短期的なコストにとらわれず、長期的な競争力向上の視点で取り組むことが成功への近道となるでしょう。
これからDXアプリの導入を検討している建設業の経理担当者の皆様にとって、本記事の事例が実践的な参考となれば幸いです。
※本記事で紹介している事例は、取材・インタビュー・ヒアリング内容をもとに構成したものです(企業名は仮名を含みます)。導入効果や金額は一例であり、実際の成果は企業の状況や運用方法によって異なります。
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