
中小企業のDX推進調査から見える現実と課題
デジタルトランスフォーメーション(DX)が企業の競争力向上に欠かせない要素となる中、中小企業におけるDX推進の実態はどのような状況にあるのでしょうか。2024年に実施された複数の大規模調査から、中小企業のDX推進に関する最新の実態が明らかになりました。
「中小企業基盤整備機構による2024年の調査では、DXに取り組んでいる、または検討している中小企業は42.0%で、前年の31.2%から10.8ポイント増加している」
本記事では、2024年に発表された主要な調査結果を詳細に分析し、中小企業のDX推進における現状、課題、そして今後の方向性について解説します。経営者の方々にとって、自社のDX戦略を見直すための貴重な指標となるはずです。
2024年の主要調査結果概要
まず、2024年に実施された中小企業のDX推進に関する主要な調査を整理してみましょう。これらの調査結果は、中小企業のDX推進の実態を多角的に捉える重要な資料となっています。
中小企業基盤整備機構の調査結果
独立行政法人中小企業基盤整備機構が2024年12月に発表した「中小企業のDX推進に関する調査」は、全国の中小企業1,000社を対象とした大規模調査です。この調査から以下の重要な事実が明らかになりました。
- DXを理解している企業は49.2%(前年49.1%とほぼ横ばい)
- DXを必要と考える企業は73.2%(前年71.9%とほぼ横ばい)
- 実際にDXに取り組んでいる企業は18.5%(前年14.6%から3.9ポイント増加)
- DXの成果が出ている企業は81.6%(前年76.7%から4.9ポイント増加)
経済産業省・中小企業白書2024の調査結果
中小企業庁が発表した「中小企業白書2024」では、DXの取り組み段階を4つのレベルに分けて分析しています。
- 段階1(デジタル化が図られていない):約30%
- 段階2(デジタルツールを利用した業務環境への移行):約35%
- 段階3(業務効率化やデータ分析への取り組み):約25%
- 段階4(ビジネスモデル変革や競争力強化):約10%
民間調査機関による調査結果
PwCジャパンが実施した「日本企業のDX推進実態調査2024」では、売上高10億円以上の企業を対象とした調査で、DXによって「十分な成果が出ている」企業は約10%にとどまることが明らかになりました。
「大企業を含めても成功率が低い中、中小企業のDX推進にはより大きな課題があることが浮き彫りになっている」
調査結果から見える中小企業DXの現状
各種調査の結果を総合的に分析すると、中小企業のDX推進における現状が鮮明に浮かび上がります。
理解度と必要性の認識は向上
まず注目すべきは、DXに対する理解度と必要性の認識が一定レベルに達していることです。中小企業基盤整備機構の調査では、約半数の企業がDXを理解し、約7割の企業がDXの必要性を感じています。
これは、コロナ禍を通じたデジタル化の必要性の実体験や、メディアでの情報発信の効果が現れていると考えられます。特に、以下の要因が理解度向上に寄与しています。
- 政府や業界団体による啓発活動の効果
- 大企業との取引でデジタル対応が求められる機会の増加
- 人手不足問題の深刻化によるデジタル化への期待
- 成功事例の情報発信の増加
取り組み状況の格差拡大
一方で、理解度と実際の取り組み状況には大きなギャップがあります。DXの必要性を感じている企業は73.2%いるものの、実際に取り組んでいる企業は18.5%にとどまっています。
この差が示しているのは、「わかっているけれどもできない」状況にある企業が多数存在することです。従業員規模別に見ると、この傾向はより顕著になります。
- 従業員20人以下:取り組み率25.4%
- 従業員21〜100人:取り組み率51.3%
- 従業員101人以上:取り組み率71.9%
業種による取り組み格差
業種別の分析では、製造業、情報通信業、宿泊・飲食業でDXへの取り組みが比較的進んでいる一方、建設業や卸売業では取り組みが遅れている傾向が見られます。
これは、各業種の特性や顧客からの要求、競争環境の違いが影響していると考えられます。
DX推進の具体的な取り組み内容分析
調査結果によると、中小企業のDX推進の具体的な取り組みには明確な傾向があります。
最も多い取り組み:文書の電子化・ペーパレス化
中小企業基盤整備機構の調査では、DXに取り組んでいる企業の57.6%が「文書の電子化・ペーパレス化」を実施しています。これは前年の64.4%から6.8ポイント減少していますが、依然として最も多い取り組みです。
この傾向は、以下の理由によるものと考えられます。
- 初期投資が比較的少なく済む
- 効果が実感しやすい
- 技術的な難易度が低い
- 働き方改革や環境配慮の観点からも注目されている
上位の取り組み内容とその変化
2024年調査で上位に挙がった取り組み内容は以下のとおりです。
- 文書の電子化・ペーパレス化(57.6%)
- 営業活動・会議のオンライン化(37.6%)
- ホームページの作成(36.4%)
- クラウドサービスの活用(31.2%)
- 顧客データの一元管理(29.0%)
注目すべきは、「デジタル人材の採用・育成」(16.9%)と「AIの活用」(14.3%)が前年調査より増加していることです。これは、より高度なDXへの取り組みが始まっていることを示しています。
進捗段階の分析
調査では、DXの進捗状況を3つの段階に分けて分析しています。
- デジタイゼーション(アナログ作業のデジタル化):35.7%
- デジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化):28.6%
- デジタルトランスフォーメーション(ビジネスモデル変革):28.1%
「多くの中小企業がまだ初期段階のデジタイゼーションにとどまっているが、より高度な段階への取り組みも徐々に増加している」
中小企業DX推進の課題とその変化
調査結果から、中小企業がDX推進で直面している課題も詳しく分析できます。
人材不足問題の継続
最大の課題として挙げられているのは人材不足です。
- 「ITに関わる人材が足りない」:25.4%(前年28.1%から2.7ポイント減少)
- 「DX推進に関わる人材が足りない」:24.8%(前年27.2%から2.4ポイント減少)
興味深いのは、人材不足を課題とする企業の割合が微減していることです。これは、以下の要因が考えられます。
- 外部専門家やクラウドサービスの活用により、社内人材への依存度が下がった
- 簡易なツールの普及により、専門知識なしでも導入できる環境が整った
- 人材不足を前提とした現実的な取り組み方にシフトした
予算確保の困難さ
「予算の確保が難しい」と回答した企業は24.5%で、前年の24.9%とほぼ横ばいです。従業員規模別に見ると、20人以下の小規模企業では26.4%と、より深刻な状況にあります。
効果の見えにくさ
「具体的な効果や成果が見えない」と回答した企業は21.2%で、これも継続的な課題となっています。特に、取り組み状況別に見ると、「取り組む予定はない」企業の23.9%がこの理由を挙げており、DX推進の阻害要因となっています。
新たに浮上した課題:セキュリティ不安
注目すべきは、「情報セキュリティの確保が難しい」と回答した企業が10.6%から14.0%に増加(3.4ポイント増)していることです。これは、DXが進む中でサイバーセキュリティリスクへの関心が高まっていることを示しています。
DXの成果と効果に関する調査結果
調査では、実際にDXに取り組んだ企業の成果についても詳しく分析されています。
高い成果実感率
DXに取り組んでいる企業の81.6%が「成果が出ている」「ある程度成果が出ている」と回答しており、前年の76.7%から4.9ポイント増加しています。これは非常に高い数値といえます。
従業員規模別に見ると、すべての規模で成果を実感する企業が7割を超えており、特に20人以下の小規模企業では77.3%と、前年より9.9ポイントも増加しています。
具体的な成果内容
成果を実感している企業が挙げた具体的な効果は以下のとおりです。
- 業務の自動化、効率化(56.3%)
- コストの削減、生産性の向上(55.0%)
- 働き方改革、多様な働き方の実現(37.7%)
- データの一元化、データに基づく意思決定(36.4%)
- 既存製品・サービスの向上(23.8%)
定量的な成果事例
調査では、具体的な定量効果についても報告されています。
- 製造人員を5名(全体の5%)削減
- 事務作業が50%削減
- 全社員の70%の残業が70%近く減少
- 見積書作成・提出時間が1日から4時間以内に短縮
- 100%テレワークが可能になった
「これらの数値は、適切にDXを推進すれば中小企業でも大きな効果が得られることを示している」
人材不足とDXの関係性分析
調査で特に注目すべきは、DXと人材不足の関係についての分析です。
人材不足の深刻さ
調査対象企業の45.2%が「人材が不足している」「非常に人材が不足している」と回答しており、中小企業の人手不足が深刻な状況にあることがわかります。
DXによる人材不足解消への期待は低い
一方で、人材不足を感じている企業のうち、DXによって「人材不足が解消される」「ある程度解消される」と考えている企業はわずか12.6%にとどまります。
逆に、「あまり解消されると思わない」「解消されると思わない」と回答した企業は46.6%と約半数を占めています。
これは以下の要因が考えられます。
- DXの効果が人員削減ではなく業務効率化に向けられている
- DX推進自体に人材が必要で、短期的には人材不足が深刻化する
- 根本的な人手不足の解決策としてDXが認識されていない
企業規模別・業種別の詳細分析
調査結果を企業規模別・業種別に詳しく分析すると、それぞれの特徴が明確に見えてきます。
企業規模による違い
従業員20人以下の小規模企業
- DX理解度:45.8%(平均を下回る)
- 取り組み率:25.4%(大幅に低い)
- 主要課題:「何から始めてよいかわからない」18.7%
- 予算確保の困難:26.4%
従業員21〜100人の中規模企業
- DX理解度:60.8%(平均を上回る)
- 取り組み率:51.3%(平均を上回る)
- 成果実感率:70.8%(高水準)
従業員101人以上の比較的大規模企業
- DX理解度:73.4%(最も高い)
- 取り組み率:71.9%(最も高い)
- 成果実感率:75.0%(安定した高水準)
業種による違い
製造業
- 理解度:48.6%(平均的)
- 取り組み率:48.8%(平均を上回る)
- IoTやデジタル技術への関心が高い
情報通信業
- 理解度:70.0%(最も高い)
- 取り組み率:50.0%(高水準)
- 業界特性により先進的な取り組みが多い
宿泊・飲食業
- 取り組み率:34.0%(コロナ禍の影響で向上)
- オンライン予約やデリバリーシステムの導入が進む
建設業・卸売業
- 取り組み率が相対的に低い
- 従来の商慣行や取引先との関係が変革の障壁となりやすい
期待される支援策と今後の方向性
調査では、中小企業がDX推進のために期待する支援策についても詳しく調査されています。
支援策への期待
中小企業がDX推進に向けて最も期待する支援策は以下のとおりです。
- 補助金・助成金(41.6%):前年49.3%から7.7ポイント減少
- 中小企業のためのDX推進指針の策定・公表(20.7%)
- 専門家の派遣(16.4%):前年13.0%から3.4ポイント増加
- 公的支援機関や専門家による経営相談(16.0%)
- セミナーの開催(14.4%)
注目すべきは、補助金・助成金への期待が減少し、専門家派遣への期待が増加していることです。これは、単なる資金支援よりも、専門的な知識やノウハウの提供を求める企業が増えていることを示しています。
今後の方向性
調査結果を踏まえると、中小企業のDX推進は以下の方向に進むと予想されます。
- 理解度向上から実行段階への移行加速
- 簡易で効果の高いツールの普及拡大
- 外部専門家やクラウドサービスの積極活用
- セキュリティ対策の重要性の高まり
- 人材育成よりも外部リソース活用への転換
調査結果から読み取れる成功要因
各種調査結果を分析すると、DXに成功している中小企業には共通する要因があります。
経営者のコミットメント
中小企業基盤整備機構の調査では、DXを推進している部署として「経営部門(経営者を含む)」が最も多く(1,213社中最多)、経営者の関与が成功の鍵となっていることがわかります。
段階的なアプローチ
成功している企業は、いきなり高度なDXを目指すのではなく、文書の電子化やオンライン会議など、身近で効果の見えやすい取り組みから始めています。
現実的な目標設定
DXに期待する効果として「コスト削減、生産性の向上」「業務の自動化、効率化」が上位にあることからもわかるように、現実的で測定可能な目標を設定している企業が成功しています。
外部リソースの活用
人材不足が課題となる中、成功している企業は内製化にこだわらず、クラウドサービスや外部専門家を積極的に活用しています。
「中小企業のDX成功は、身の丈に合った現実的なアプローチと、外部リソースの賢い活用にある」
他国との比較から見る日本の中小企業DXの位置づけ
国際的な視点で見ると、日本の中小企業DXは独特の特徴を持っています。
慎重さと確実性重視
日本の中小企業は、DXへの取り組みに慎重な傾向があります。これは、失敗のリスクを回避したい経営姿勢と、長期的な視点での投資判断を重視する文化によるものと考えられます。
段階的進化の特徴
欧米企業が革新的なデジタル技術を一気に導入する傾向があるのに対し、日本の中小企業は段階的にデジタル化を進める傾向があります。これは、組織の安定性を重視する日本企業の特徴といえます。
人間関係重視のDX
調査結果からも、完全自動化よりも業務効率化を重視する傾向が見られ、人間の役割を残しながらのデジタル化が好まれています。
2025年以降の展望と提言
調査結果を踏まえ、2025年以降の中小企業DXの展望と、経営者への提言をまとめます。
2025年以降の展望
- 取り組み企業の割合は50%を超える見込み
- 生成AIなど新技術の導入が本格化
- 業界特化型DXソリューションの普及
- セキュリティ対策の高度化・標準化
- DX人材の確保から外部活用への完全移行
経営者への提言
1. 現実的な第一歩を踏み出す
理解度や必要性の認識は十分に高まっています。完璧を求めず、文書の電子化など小さな取り組みから始めることが重要です。
2. 外部リソースを積極活用する
人材不足を前提として、クラウドサービスや外部専門家を積極的に活用する戦略に転換しましょう。
3. セキュリティ対策を同時に進める
DX推進と並行して、適切なセキュリティ対策を講じることで、安全なデジタル化を実現できます。
4. 成果の測定と共有を徹底する
具体的な効果測定を行い、社内で成果を共有することで、組織全体のDXへの理解と協力を得られます。
5. 補助金・助成金を戦略的に活用する
資金面の課題解決のため、IT導入補助金などの公的支援制度を積極的に活用しましょう。
まとめ:中小企業DX推進の今後
2024年の各種調査結果から、中小企業のDX推進は確実に進歩していることがわかります。理解度や必要性の認識は十分に高まり、実際の取り組みも着実に増加しています。
特に重要なのは、実際に取り組んだ企業の8割以上が成果を実感していることです。これは、適切なアプローチでDXを進めれば、中小企業でも確実に効果が得られることを示しています。
「中小企業のDXは、もはや『やるかやらないか』ではなく、『どのように効果的に進めるか』の段階に入っている」
一方で、企業規模や業種による格差、人材不足やセキュリティ不安などの課題も明確になっています。これらの課題に対しては、政府や業界団体による支援策の充実とともに、企業自身の意識改革と戦略的な取り組みが求められます。
今後は、成功事例の共有、実用的な支援策の提供、そして中小企業が身の丈に合ったDXを実現できる環境整備が重要になるでしょう。経営者の皆様には、調査結果を参考に、自社に最適なDX戦略の策定と実行を期待します。
※本記事は、公的調査機関・民間調査会社の公開資料および実例に基づいて編集していますが、掲載された数値や内容はあくまで参考情報であり、すべての中小企業に同様の成果を保証するものではありません。導入判断や戦略立案にあたっては、自社の実情に応じた慎重な検討と専門家の助言を推奨します。