
中小建設業のDX成功事例 – デジタル技術で現場改革を実現
はじめに:建設業におけるDXの必要性
建設業は日本の基幹産業でありながら、他業種と比較してデジタル化が遅れていると言われています。国土交通省の調査によれば、建設業のデジタル化率は製造業や情報通信業と比較して約40%程度にとどまっています。しかし、人手不足や働き方改革、生産性向上の必要性から、中小建設業においてもデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが急速に広がりつつあります。
「建設業のDXとは、単にITツールを導入することではなく、デジタル技術を活用して建設プロセス全体を変革し、生産性向上と新たな価値創造を実現すること」
本記事では、限られた経営資源の中でDXに取り組み、成果を上げている中小建設業の事例を紹介します。これから取り組みを始める企業にとって、具体的なヒントとなる内容です。
建設業DXが解決する5つの課題
中小建設業が直面している課題は多岐にわたりますが、DXによって解決が期待できる主な課題として、以下の5つが挙げられます。
- 深刻な人手不足と高齢化
- 現場の生産性向上の必要性
- 安全管理の強化
- 紙ベースの業務プロセスによる非効率
- 技術・ノウハウの継承問題
これらの課題に対して、デジタル技術をどのように活用し、成果を上げている企業があるのか、具体的な成功事例を見ていきましょう。
現場管理のDX成功事例
工事写真管理のデジタル化:A建設(従業員35名)
工事写真の管理は建設業にとって重要でありながら、多くの工数を必要とする業務です。千葉県のA建設では、スマートフォンで撮影した写真を自動的に整理・管理できるクラウドシステムを導入。
- 写真整理の工数が従来比で約75%削減
- 位置情報と撮影日時の自動記録により改ざん防止効果も
- 現場監督の事務作業時間が週あたり約8時間短縮
同社の工事部長は「最初は現場の年配職人から抵抗がありましたが、操作が簡単なアプリを選定し、若手社員がサポートする体制を整えたことで、全社的に定着しました」と話します。
施工管理アプリによる情報共有:B工務店(従業員22名)
岐阜県のB工務店では、施工管理アプリを導入し、図面や施工写真、作業指示書などをデジタル化して一元管理。現場とオフィス間のリアルタイムな情報共有が可能になりました。
「現場で図面の最新版がすぐに確認できるようになり、手戻りが大幅に減少しました。間取り変更などの顧客要望にも迅速に対応できるようになり、顧客満足度が向上しています」
導入から1年で以下の成果が得られています。
- 図面の修正・共有に関わる手戻りが62%減少
- 現場とオフィス間の移動時間が月平均で30時間削減
- 顧客からの変更要望に対する対応時間が平均2日から0.5日に短縮
ドローンによる測量・検査:C建設(従業員28名)
広島県のC建設では、ドローンを活用した測量と進捗管理を実施。傾斜地や広範囲の土地測量にドローンを活用することで、作業の安全性と効率性を両立させています。
- 測量作業の時間が従来比で約65%短縮
- 危険箇所での作業リスクが減少
- 3次元データの活用により、顧客への説明がわかりやすく
C建設の社長は「初期投資は約150万円かかりましたが、半年で投資回収できました。また、若手社員のドローン操縦技術習得が会社の魅力になり、採用面でも好影響が出ています」と語ります。
バックオフィス業務のDX成功事例
クラウド会計による経理効率化:D建設(従業員18名)
福岡県のD建設では、紙の領収書や請求書に依存した経理処理に課題を感じていました。同社はクラウド会計システムと連携した経費精算アプリを導入。
- 経理担当者の業務時間が月40時間削減
- 経費精算のサイクルが平均10日から3日に短縮
- リアルタイムな収支把握により、資金繰り改善
「以前は月末の経費処理に追われていましたが、今はスマホで撮影するだけで領収書の管理ができます。経理担当者が他の業務にも携われるようになり、少人数でも効率的な運営が可能になりました」と経理責任者は話します。
電子契約システム導入:E工業(従業員25名)
神奈川県のE工業では、契約書の作成・管理・保管に多くの時間とコストがかかっていました。同社は電子契約システムを導入し、契約プロセスのデジタル化を実現。
「契約書の郵送や押印のための移動が不要になり、契約締結までの時間が大幅に短縮されました。また、紙の保管スペースも不要になり、オフィスがスッキリしました」
導入効果は以下のとおりです。
- 契約締結までの時間が平均5日から1日に短縮
- 印紙税などのコストが年間約30万円削減
- 契約書の検索・参照がスムーズになり、トラブル対応が迅速化
勤怠・労務管理のクラウド化:F工務店(従業員30名)
北海道のF工務店では、複数現場で働く従業員の勤怠管理に課題を抱えていました。同社はGPS機能付きのクラウド勤怠管理システムを導入。
- タイムカードの集計作業が不要になり、月15時間の工数削減
- 正確な労働時間の記録により、残業管理が適正化
- 現場ごとの労働時間データを活用した原価管理の精度向上
「働き方改革関連法への対応も容易になり、コンプライアンス面でも安心感が高まりました」と同社の労務担当者は話します。
設計・企画のDX成功事例
BIMの積極活用:G設計事務所(従業員12名)
東京都のG設計事務所では、従来の2D CADから3D BIM(Building Information Modeling)へ移行し、設計プロセスを変革。中小規模の事務所でありながら、BIMの活用で大きな成果を上げています。
- 設計変更時の修正作業が約70%効率化
- 施工図作成の工数が約50%削減
- 顧客への3Dビジュアル提示により、提案の採用率が40%向上
同事務所の代表は「導入当初は学習コストがかかりましたが、若手社員を中心に少人数からスタートし、徐々に拡大したことで、無理なく移行できました。クラウドベースのBIMツールを選んだことで、初期投資も抑えられました」と語ります。
VR/ARを活用した顧客提案:H住宅(従業員15名)
愛知県のH住宅では、VR(仮想現実)とAR(拡張現実)技術を活用した住宅提案を実施。建築前に実際の空間を体験できるシステムを導入しました。
「お客様に実際の空間サイズや内装の雰囲気を体感していただけるようになり、設計変更が大幅に減少しました。特に照明計画や家具配置について、完成後のイメージが湧きやすいと好評です」
導入効果は以下のとおりです。
- 契約率が従来比で約25%向上
- 設計変更による手戻りが約40%減少
- 顧客満足度調査でのスコアが30%向上
初期投資約200万円に対し、1年で投資回収ができたとのことです。
施工現場のDX成功事例
ICT建機の活用:I土木(従業員40名)
宮城県のI土木では、GPS測位システムを搭載したICT建機を導入。3次元データに基づく施工により、精度と効率を両立させています。
- 掘削・整地作業の効率が約40%向上
- 作業人員が従来の3人から1人に削減可能
- 燃料消費量が約30%削減
「最初は高額な投資に躊躇しましたが、国の補助金を活用し、まずは1台から始めました。効果を確認しながら徐々に拡大したことで、無理なく導入できました」と同社の工事部長は話します。
ウェアラブルデバイスによる遠隔作業支援:J建設(従業員20名)
長野県のJ建設では、ウェアラブルカメラを活用した遠隔作業支援システムを導入。現場の作業員がカメラ付きヘルメットを装着し、オフィスの熟練技術者が遠隔からアドバイスする体制を構築しました。
「熟練技術者が現場に行かなくても指導できるようになり、移動時間の削減と技術伝承の効率化が同時に実現しました。特にコロナ禍では、現場訪問の制限がある中でも品質を維持できる手段として重宝しました」
導入効果は以下のとおりです。
- 熟練技術者の移動時間が月平均40時間削減
- 問題発生時の対応時間が平均4時間から0.5時間に短縮
- 若手技術者の技術習得期間が約30%短縮
営業・顧客管理のDX成功事例
CRMとMA連携による顧客管理:K住宅(従業員27名)
埼玉県のK住宅では、顧客関係管理(CRM)システムとマーケティングオートメーション(MA)ツールを連携させ、顧客対応の効率化と満足度向上を実現しました。
- 営業担当者の顧客対応時間が約35%効率化
- 契約から引き渡しまでの顧客フォロー業務が自動化され、工数が約60%削減
- 定期的なメンテナンス案内の自動化により、アフターフォロー受注が25%増加
「以前は顧客情報が担当者ごとに管理されていましたが、システム導入で全社で共有できるようになりました。担当者が不在でも適切な対応ができるようになり、顧客満足度が向上しています」と営業部長は語ります。
タブレットとクラウドを活用した提案:L工務店(従業員16名)
大阪府のL工務店では、タブレット端末とクラウドサービスを活用した顧客提案システムを構築。施主との打ち合わせをデジタル化しました。
「打ち合わせ内容がリアルタイムでクラウドに保存され、オフィスのスタッフとも共有できるようになりました。また、その場でシミュレーションや見積もり変更ができるため、顧客の決断が早くなりました」
導入効果は以下のとおりです。
- 提案から契約までの期間が平均45日から30日に短縮
- 契約率が約20%向上
- 打ち合わせの回数が平均5回から3回に減少
中小建設業DX成功の共通ポイント
これまで紹介した事例から見えてくる、中小建設業のDX成功における共通ポイントを整理します。
経営課題からスタートする明確な目的設定
成功している企業に共通するのは、「何のためにDXを行うのか」という目的を明確にしていることです。トレンドに流されるのではなく、自社の経営課題解決のための手段としてDXを位置づけています。
- 人手不足解消のための省人化・効率化
- 若手採用強化のための職場環境改善
- 熟練技術者の技術継承
- 顧客満足度向上のための提案力強化
「DXの目的は会社によって異なります。自社の課題は何か、DXで何を解決したいのかを明確にすることが第一歩です」
段階的な導入と小さな成功体験の積み重ね
成功事例に共通するのは、一気に全社的な変革を目指すのではなく、小さな成功体験を積み重ねるアプローチです。特に中小企業では、限られた予算と人材の中で無理なく進めることが重要です。
- 最も効果が実感しやすい業務から着手する
- 一部の部署や現場で試験的に導入する
- 効果を検証しながら徐々に拡大していく
- 成功事例を社内で共有し、理解を広げる
社員のデジタルリテラシーに合わせたツール選定
建設業は比較的高齢の従業員も多く、デジタルツールへの抵抗感が課題になりがちです。成功事例では、社員のITリテラシーに合わせたツール選定が行われています。
- 操作が直感的でシンプルなインターフェースのツール
- スマートフォンなど、馴染みのあるデバイスで利用できるツール
- 日本語対応が充実し、サポート体制が整っているツール
「最新機能が豊富な高度なツールよりも、社員が無理なく使いこなせるツールを選ぶことが重要です」と多くの成功企業が指摘しています。
若手とベテランの協力体制構築
成功企業では、若手社員のデジタルスキルとベテラン社員の業務知識を融合させる取り組みが見られます。
- 若手社員がツールの使い方をベテラン社員にサポートする「リバースメンタリング」
- ベテラン社員の知識・経験をデジタル化するプロジェクトチーム結成
- 社内SNSなどを活用した世代間コミュニケーションの促進
「デジタル化は技術だけでなく、人と組織の変革です。世代を超えた協力体制が成功の鍵となります」
中小建設業DXの具体的な進め方
ここからは、中小建設業がDXを進める際の具体的なステップについて解説します。
ステップ1:現状分析と課題の明確化
まずは自社の現状を客観的に分析し、課題を明確化します。以下のポイントを整理しましょう。
- 業務プロセスのどこにボトルネックがあるか
- どの業務に最も時間やコストがかかっているか
- 人手不足や技術継承など、人材面での課題は何か
- 競合他社との差別化ポイントは何か
この段階では、社内アンケートやインタビューを実施するとともに、可能であれば顧客からのフィードバックも収集することが重要です。
ステップ2:優先順位付けとロードマップ作成
特定された課題に対して、以下の観点から優先順位を決定します。
- 導入効果の大きさ(時間・コスト削減、売上増加など)
- 導入の難易度と期間
- 必要投資額と回収見込み期間
- 社内の受け入れやすさ
優先順位に基づいて、3〜5年程度のロードマップを作成します。このとき、短期的な成果が得られる「クイックウィン」を初期段階に配置することで、社内のモチベーション維持と理解促進につながります。
ステップ3:適切なツール・サービスの選定
目標達成のための最適なツール・サービスを選定します。中小建設業では以下のような選択肢があります。
- 建設業特化型クラウドサービス:業界特有の業務プロセスに対応
- 汎用型クラウドサービス:幅広い用途に活用可能
- モバイルアプリ:現場での利用に適した手軽さ
- ハードウェア(ドローン、ウェアラブルデバイスなど)
「ツール選定では、導入目的との適合性、使いやすさ、拡張性、サポート体制、そして費用対効果を総合的に評価することが重要です」
ステップ4:導入計画の立案と体制整備
導入を円滑に進めるための計画を立案します。以下のポイントを考慮しましょう。
- 段階的な導入スケジュール
- 責任者と推進チームの選定
- 教育・研修計画
- 外部パートナー(ITベンダーなど)との協力体制
この段階で重要なのは、現場の声を取り入れる仕組みを作ることです。トップダウンだけでなく、実際に使用する現場からの意見を反映させることで、実用的なシステムになります。
ステップ5:試験導入と効果検証
まずは小規模な範囲(特定の現場や部署)で試験導入し、効果を検証します。
- 導入前の指標(KPI)を測定
- 試験導入の実施
- 導入後の指標測定と効果検証
- 課題の洗い出しと改善
「最初から完璧を求めず、まずは使ってみる。そして改善を重ねていく姿勢が大切です」と成功企業は指摘しています。
ステップ6:全社展開と定着化
試験導入の結果を踏まえ、全社展開を進めます。この段階では以下の点に注意しましょう。
- 成功事例と効果の共有による社内理解促進
- 段階的な展開と個別フォロー
- マニュアル整備と継続的な研修実施
- 経営層による定期的な進捗確認と支援
「デジタルツール導入の最大の障壁は『使わない』こと。導入後のフォローと活用促進が成功の鍵です」と多くの企業が強調しています。
中小建設業DX推進のための支援制度活用法
中小建設業がDXを推進するにあたり、活用できる主な支援制度を紹介します。
補助金・助成金
- IT導入補助金:業務効率化や生産性向上のためのITツール導入を支援
- ものづくり補助金:技術革新や新製品開発、生産プロセス改善のための設備投資を支援
- 事業再構築補助金:ビジネスモデルの転換やDXによる事業再構築を支援
- 地域企業デジタル化支援補助金:地域の中小企業のデジタル化を支援
「補助金申請は煩雑と思われがちですが、最近はクラウド会計ソフトなどと連携した申請支援サービスも充実しています。また、地域の商工会議所などでも支援を受けられます」と活用企業は話します。
専門家派遣・相談窓口
- よろず支援拠点:中小企業庁が各都道府県に設置する総合的な経営相談所
- ミラサポ専門家派遣:中小企業の課題に応じた専門家を派遣
- DX相談窓口:経済産業省や業界団体が設置するDX専門の相談窓口
- 建設業振興基金の各種支援:建設業特化の支援制度
「専門家のアドバイスを受けることで、自社に最適なDXの方向性や具体的な進め方について、客観的な視点を得ることができます」
金融機関の支援プログラム
多くの地域金融機関が中小建設業のDX推進を支援するプログラムを提供しています。
- DX推進のための低金利融資
- ITベンダーとのマッチングサービス
- デジタル化推進セミナーの開催
- 経営改善計画策定支援
「地域金融機関は融資だけでなく、地域のIT企業や専門家とのネットワークを持っています。積極的に相談することで、資金面以外のサポートも受けられます」と活用企業は語ります。
建設業DXの失敗事例から学ぶ対策ポイント
最後に、DX推進における典型的な失敗パターンとその対策を解説します。
目的不明確なツール導入
「周りが導入しているから」「最新技術だから」という理由でのツール導入は、多くの場合失敗に終わります。
対策:
- 導入目的の明確化(何を解決したいのか)
- 導入効果の定量的な目標設定
- 目的に最適なツール選定
現場の声を無視したトップダウン導入
経営層だけの判断でツールを導入し、現場の意見を取り入れないと、使われないシステムになりがちです。
「いくら優れたシステムでも、現場が使わなければ意味がありません。現場のニーズと使いやすさを最優先すべきです」
対策:
- 導入前の現場ヒアリング実施
- 現場代表者を含めた選定チーム結成
- 試験導入での意見収集と改善
教育不足によるツール活用不足
ツールを導入しても、適切な教育がなければ十分に活用されません。特に建設業では、ITリテラシーの差が大きいことが課題です。
対策:
- 世代や役職に応じた段階的な研修プログラム
- マニュアルやチュートリアル動画の整備
- リーダー的な社員の育成と相互サポート体制の構築
連携不足による情報サイロ化
部署や業務ごとに異なるシステムを導入し、連携がないと、かえって業務が複雑化することがあります。
対策:
- 全体的なシステム設計と連携計画の立案
- API連携などによるデータ共有の実現
- 情報の一元管理を意識したツール選定
過剰投資によるROI悪化
必要以上に高機能なシステムや過剰なカスタマイズを行うと、投資対効果が悪化します。
「中小企業では、完璧なシステムを目指すより、必要十分な機能を持つシンプルなシステムから始め、徐々に拡張していく方が現実的です」
対策:
- 標準機能での対応可能性を優先検討
- 段階的な投資計画の立案
- クラウドサービスなど初期投資を抑えられるサービスの活用
まとめ:中小建設業DX成功のための5つのポイント
本記事では、中小建設業のDX成功事例と推進方法について解説してきました。最後に、成功のための5つのポイントをまとめます。
- 経営課題解決を目的とした明確なビジョン設定
- 小さく始めて成功体験を積み重ねる段階的アプローチ
- 社員のリテラシーに合わせたツール選定と教育体制
- 若手とベテランの協力による組織全体の変革
- 補助金や専門家など外部リソースの積極活用
「DXは一朝一夕で実現するものではなく、継続的な取り組みです。しかし、中小建設業だからこそ、経営判断の速さと組織の柔軟性を活かした変革が可能です」
建設業界全体のデジタル化は今後さらに加速します。国土交通省が推進するi-Constructionや、BIM/CIMの普及により、発注者側からもデジタル対応を求められる場面が増えるでしょう。本記事で紹介した成功事例や進め方を参考に、自社に合ったDX推進を進めていただければ幸いです。
※本記事は一般的な事例紹介であり、効果や結果を保証するものではありません。
また、補助金等の制度情報は執筆時点の内容です。最新情報は各公式サイトでご確認ください。